特定失踪者の家族 『時間がない』(6)
投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2005/04/02 12:58 投稿番号: [197683 / 232612]
*3/13にTBSで放送された「報道特集」を、ビデオに撮ったものから文字化しました。
http://aoinomama.trycomp.net/
電脳補完録さんにも投稿しております。
*3/13TBS「報道特集」特定失踪者の家族『時間がない』
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3755
*3/13TBS「報道特集」特定失踪者の家族『時間がない』 続き
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3759
*3/13TBS「報道特集」特定失踪者の家族『時間がない』続々
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3797
続き
(ナレーター)
それだけではありません。戦いはもう1つあります。2ヶ月にいっぺんくらいのペースで開かれている調査会の会見。
(荒木和博さん)
「本日発表するのは18名の方でございまして、このうち13人がこれまで非公開だった方が公開に切り替えたケースでございます。」(2005年2月25日)
(ナレーター)
増え続ける特定失踪者。その数はおよそ430人となり、このうち231人が公開に踏み切っています。拉致に結びつくような情報も増えていますが、日本政府はこれまでの10件15人以外に、新たな拉致被害者としての認定をしていません。特定失踪者問題調査会と家族はこの現状を変えようと動いています。
(真鍋貞樹さん)
「支援法に基づく拉致被害者としての認定を求める訴訟ということになります。」
(ナレーター)
特定失踪者の家族が政府に対し、拉致被害者として認定するよう求める訴訟を起こすというのです。その家族を訪ねました。
(母・古川朗子さん)
「おはようございます。ご苦労さまでございます。」(深々と頭を下げる・千葉市)
(ナレーター)
古川朗子(さえこ)さん、88歳。特定失踪者「古川了子(のりこ)さん」の母親です。千葉県市原市に住んでいた古川了子さんは、1973年の7月7日、美容院に行ってから母親の朗子さんと買い物に行く約束をしていました。しかし了子さんは美容院には現れなかったといいます。
(母・古川朗子さん)
「美容院の先生から電話があって、『のりちゃんからこういう連絡を受けましたから』って言って『今日は行かれなくなった。他に用事ができて行かれなくなったから』という電話をよこしましたのでね。それじゃあしょうがない。会うことないと思って、いずれお友だちと遊びに行くんだろうと思ってたんですけど、それが夕方になっても夜になっても帰って来ないんですよね。」
(ナレーター)
それ以来32年間、了子さんの行方はわからないままです。
(姉・竹下珠路さん)
「了子に関しての物はこれだけになりましたけどね。」
(ナレーター)
了子さんが着ていた服などを持って来たのは姉の竹下珠路さん(65)です。
(古川朗子さん)
「これはね、一番しまいに着ていた服なんです。」
(姉・竹下珠路さん)
「いなくなくなった直前に、好んで着ていた服です。」
(ナレーター)
1973年の失踪当時を思わせるチェックのジャケット。
(姉・竹下珠路さん)
「これが(失踪)前の日まで通勤で使っていたバッグで、ここの中に財布は入ってなかったんですけども、こういう針(裁縫)のセットとか、櫛(くし)だとか・・・。」
続く
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電脳補完録さんにも投稿しております。
*3/13TBS「報道特集」特定失踪者の家族『時間がない』
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3755
*3/13TBS「報道特集」特定失踪者の家族『時間がない』 続き
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3759
*3/13TBS「報道特集」特定失踪者の家族『時間がない』続々
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3797
続き
(ナレーター)
それだけではありません。戦いはもう1つあります。2ヶ月にいっぺんくらいのペースで開かれている調査会の会見。
(荒木和博さん)
「本日発表するのは18名の方でございまして、このうち13人がこれまで非公開だった方が公開に切り替えたケースでございます。」(2005年2月25日)
(ナレーター)
増え続ける特定失踪者。その数はおよそ430人となり、このうち231人が公開に踏み切っています。拉致に結びつくような情報も増えていますが、日本政府はこれまでの10件15人以外に、新たな拉致被害者としての認定をしていません。特定失踪者問題調査会と家族はこの現状を変えようと動いています。
(真鍋貞樹さん)
「支援法に基づく拉致被害者としての認定を求める訴訟ということになります。」
(ナレーター)
特定失踪者の家族が政府に対し、拉致被害者として認定するよう求める訴訟を起こすというのです。その家族を訪ねました。
(母・古川朗子さん)
「おはようございます。ご苦労さまでございます。」(深々と頭を下げる・千葉市)
(ナレーター)
古川朗子(さえこ)さん、88歳。特定失踪者「古川了子(のりこ)さん」の母親です。千葉県市原市に住んでいた古川了子さんは、1973年の7月7日、美容院に行ってから母親の朗子さんと買い物に行く約束をしていました。しかし了子さんは美容院には現れなかったといいます。
(母・古川朗子さん)
「美容院の先生から電話があって、『のりちゃんからこういう連絡を受けましたから』って言って『今日は行かれなくなった。他に用事ができて行かれなくなったから』という電話をよこしましたのでね。それじゃあしょうがない。会うことないと思って、いずれお友だちと遊びに行くんだろうと思ってたんですけど、それが夕方になっても夜になっても帰って来ないんですよね。」
(ナレーター)
それ以来32年間、了子さんの行方はわからないままです。
(姉・竹下珠路さん)
「了子に関しての物はこれだけになりましたけどね。」
(ナレーター)
了子さんが着ていた服などを持って来たのは姉の竹下珠路さん(65)です。
(古川朗子さん)
「これはね、一番しまいに着ていた服なんです。」
(姉・竹下珠路さん)
「いなくなくなった直前に、好んで着ていた服です。」
(ナレーター)
1973年の失踪当時を思わせるチェックのジャケット。
(姉・竹下珠路さん)
「これが(失踪)前の日まで通勤で使っていたバッグで、ここの中に財布は入ってなかったんですけども、こういう針(裁縫)のセットとか、櫛(くし)だとか・・・。」
続く
これは メッセージ 197682 (aoinomama13 さん)への返信です.