北朝鮮にないもの
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/03/07 22:37 投稿番号: [188397 / 232612]
アラビストがみた朝鮮半島 政治部
内山清行
いったい何を考えているのか。北朝鮮の金正日総書記である。2月10日、北朝鮮外務省は核兵器保有と6カ国協議の無期限中断を宣言した。その後、金総書記が6カ国協議については条件つきで復帰する可能性を表明したものの、核カードを使った瀬戸際外交をやめる気配はない。
「侵略者がわが国に来れば、灼熱(しゃくねつ)の地獄が迎えるだろう!」。ニュースをチェックしていたら、こんな文句に出くわした。北朝鮮が相変わらず勇ましい反米キャンペーンを繰り返しているのかと思ったら、イランのハタミ大統領の演説だった。北朝鮮外務省声明がでた2月10日は、イスラム革命26周年記念日だったのだ。
イランは北朝鮮とともに、ブッシュ米大統領から「悪の枢軸」と名指しされた反米国家だ。北朝鮮と同様、核開発をめぐって米国と対立している。もう一つの「悪の枢軸」だったイラクのフセイン政権はもうこの世に存在しない……。
あれこれ考えるうちに、「アラビスト(中東問題専門家)は北朝鮮問題をどうみているのだろう?」と思い立ち、中東調査会の大野元裕・上席研究員の話を聞いてみた。「朝鮮半島は専門ではないので……」という前提条件付きだったが、示唆に富む内容だったので以下に紹介する。
大野氏は、金総書記はイラク戦争から4つの教訓を得たのではないか、と指摘する。
▼第1の教訓 イラクは核兵器を持たなかった。
独裁政権の強みは人命に鈍感でいられることだ。「こちらは何人死んでもかまわない。それでも戦争するか?」というのが、独裁者側の論理。ところが、イラク戦争はそんな考えが米国には通用しないことを実感させた。
全地球測位システム(GPS)を駆使した精密誘導兵器、ステルス爆撃機、バンカーバスター(地下貫通弾)……。米軍が使用した最新兵器は、自軍の被害を最小限に抑えながら、独裁政権の中枢を迅速にたたく作戦を可能にした。独裁国家は今、米国に攻撃をためらわせる手段を捜す必要に迫られている。
▼第2の教訓 イラクは大量破壊兵器の査察を受け入れてしまった。
米軍の精密兵器による攻撃は、相手の戦力や爆撃ポイントの分析が正確なほど威力を増す。イラクは査察団の受け入れで、爆撃地点などを丸裸にされていた。
▼第3の教訓 イラクは米国と直接対話をしなかった。
フセイン政権は米国を激しく非難する一方で、危機回避に向けてフランスやロシアなどを動かそうとしていた。ところが、開戦直前になると、米国の「単独行動主義」の前に仏ロ両国はもちろん、国連安全保障理事会もイラクにとって有効に機能しなかった。
▼第4の教訓 イラクは人質を手放してしまった。
1991年の湾岸戦争では、フセイン大統領は敗北したものの、自らの独裁体制は維持できた。この時と、体制転覆に至った今回の違いは何か。当時はイラクのスカッドミサイルがイスラエルを狙っていた。実際に打ち込んだこともある。しかし、その後、イラクは査察などで、500発以上のスカッドミサイルを破棄してしまった。
4つの教訓を言い換えると次のようになる。
▼核兵器は保有するか、保有をほのめかしたほうがいい。
▼査察は拒否するか、受け入れたとしても最小限にとどめる。
▼交渉する相手はあくまでも米国である。
▼日本と韓国という「人質」は絶対に手放さない。いつでも攻撃できる、という脅威を与え続けなくてはならない。
確かに金総書記は、この原則に沿った行動をとっているように見える。それでは、北朝鮮は本当に核兵器保有国になってしまうのだろうか。イラク戦争と正反対の事例もある。米英政府との秘密交渉を経て核兵器などの大量化破壊兵器計画を放棄したリビアである。
「リビアは産油国ですから」。大野氏の解説だ。リビアは、アフリカ最大の原油埋蔵量を背景に、対米強硬路線をとっていた。しかし、米国や国連の経済制裁が長期化。肝心の石油生産にかかわる海外からの投資が細って、経済が疲弊していた。
裏を返せば、リビアは核兵器を失ったとしても、欧米からの投資が戻ってくれば、国家の将来像が描けたわけだ。北朝鮮との決定的な違いがそこにある。安全の保証だけでなく、その後の経済運営の青写真まで見えてこないと、北朝鮮は動かない―。6カ国協議が難航するわけである。
http://www.nikkei.co.jp/seiji
>▼日本と韓国という「人質」は絶対に手放さない。いつでも攻撃できる、という脅威を与え続けなくてはならない。
「人質」とは、日本の言葉で「平和主義」か。韓国の言葉では、なんだろう。「先進国」か。
>その後の経済運営の青\xBC
いったい何を考えているのか。北朝鮮の金正日総書記である。2月10日、北朝鮮外務省は核兵器保有と6カ国協議の無期限中断を宣言した。その後、金総書記が6カ国協議については条件つきで復帰する可能性を表明したものの、核カードを使った瀬戸際外交をやめる気配はない。
「侵略者がわが国に来れば、灼熱(しゃくねつ)の地獄が迎えるだろう!」。ニュースをチェックしていたら、こんな文句に出くわした。北朝鮮が相変わらず勇ましい反米キャンペーンを繰り返しているのかと思ったら、イランのハタミ大統領の演説だった。北朝鮮外務省声明がでた2月10日は、イスラム革命26周年記念日だったのだ。
イランは北朝鮮とともに、ブッシュ米大統領から「悪の枢軸」と名指しされた反米国家だ。北朝鮮と同様、核開発をめぐって米国と対立している。もう一つの「悪の枢軸」だったイラクのフセイン政権はもうこの世に存在しない……。
あれこれ考えるうちに、「アラビスト(中東問題専門家)は北朝鮮問題をどうみているのだろう?」と思い立ち、中東調査会の大野元裕・上席研究員の話を聞いてみた。「朝鮮半島は専門ではないので……」という前提条件付きだったが、示唆に富む内容だったので以下に紹介する。
大野氏は、金総書記はイラク戦争から4つの教訓を得たのではないか、と指摘する。
▼第1の教訓 イラクは核兵器を持たなかった。
独裁政権の強みは人命に鈍感でいられることだ。「こちらは何人死んでもかまわない。それでも戦争するか?」というのが、独裁者側の論理。ところが、イラク戦争はそんな考えが米国には通用しないことを実感させた。
全地球測位システム(GPS)を駆使した精密誘導兵器、ステルス爆撃機、バンカーバスター(地下貫通弾)……。米軍が使用した最新兵器は、自軍の被害を最小限に抑えながら、独裁政権の中枢を迅速にたたく作戦を可能にした。独裁国家は今、米国に攻撃をためらわせる手段を捜す必要に迫られている。
▼第2の教訓 イラクは大量破壊兵器の査察を受け入れてしまった。
米軍の精密兵器による攻撃は、相手の戦力や爆撃ポイントの分析が正確なほど威力を増す。イラクは査察団の受け入れで、爆撃地点などを丸裸にされていた。
▼第3の教訓 イラクは米国と直接対話をしなかった。
フセイン政権は米国を激しく非難する一方で、危機回避に向けてフランスやロシアなどを動かそうとしていた。ところが、開戦直前になると、米国の「単独行動主義」の前に仏ロ両国はもちろん、国連安全保障理事会もイラクにとって有効に機能しなかった。
▼第4の教訓 イラクは人質を手放してしまった。
1991年の湾岸戦争では、フセイン大統領は敗北したものの、自らの独裁体制は維持できた。この時と、体制転覆に至った今回の違いは何か。当時はイラクのスカッドミサイルがイスラエルを狙っていた。実際に打ち込んだこともある。しかし、その後、イラクは査察などで、500発以上のスカッドミサイルを破棄してしまった。
4つの教訓を言い換えると次のようになる。
▼核兵器は保有するか、保有をほのめかしたほうがいい。
▼査察は拒否するか、受け入れたとしても最小限にとどめる。
▼交渉する相手はあくまでも米国である。
▼日本と韓国という「人質」は絶対に手放さない。いつでも攻撃できる、という脅威を与え続けなくてはならない。
確かに金総書記は、この原則に沿った行動をとっているように見える。それでは、北朝鮮は本当に核兵器保有国になってしまうのだろうか。イラク戦争と正反対の事例もある。米英政府との秘密交渉を経て核兵器などの大量化破壊兵器計画を放棄したリビアである。
「リビアは産油国ですから」。大野氏の解説だ。リビアは、アフリカ最大の原油埋蔵量を背景に、対米強硬路線をとっていた。しかし、米国や国連の経済制裁が長期化。肝心の石油生産にかかわる海外からの投資が細って、経済が疲弊していた。
裏を返せば、リビアは核兵器を失ったとしても、欧米からの投資が戻ってくれば、国家の将来像が描けたわけだ。北朝鮮との決定的な違いがそこにある。安全の保証だけでなく、その後の経済運営の青写真まで見えてこないと、北朝鮮は動かない―。6カ国協議が難航するわけである。
http://www.nikkei.co.jp/seiji
>▼日本と韓国という「人質」は絶対に手放さない。いつでも攻撃できる、という脅威を与え続けなくてはならない。
「人質」とは、日本の言葉で「平和主義」か。韓国の言葉では、なんだろう。「先進国」か。
>その後の経済運営の青\xBC
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.