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蛍の光の真実 

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/03/07 20:20 投稿番号: [188361 / 232612]
〜消された歌の続き〜

蛍の光(スコットランド民謡)
作詞   稲垣千頴

一、
ほたるの光、窓の雪。
書よむ月日、重ねつつ。
いつしか年も、すぎの戸を、
明けてぞ、今朝は、別れゆく。

二、
とまるも行くも、限りとて、
かたみに思う、千よろずの、
心のはしを、一言に、
さきくとばかり、歌うなり。

三、
筑紫のきわみ、陸(みち)の奥、
海山遠く、へだつとも、
その真心は、へだてなく、
ひとつに尽くせ、国のため。

四、
千島のおくも、沖縄も、
八洲のうちの、守りなり。
至らんくにに、いさお   しく。
つとめよ   わがせ、つつがなく。

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読んで分かるように、この歌はそもそも学校での別れの曲ではなく、千島や沖縄といった日本の端までの防衛につく兵士を見送る歌なのです。戦後は何故か3 番、4番は闇に葬られました。これがどこの指導によるものかは、色々調べてみましたが確証あるソースは見つけることができませんでした。GHQによる指導があったのか、それとも日教組が「軍国主義の典型だ」と糾弾したのか。

こんな歌は帝国主義の歌だという人がいるかもしれませんが、私にはそうは思えません。この歌詞の中には他国を侵略して勢力を拡大しようという意図など私には読み取れません。

当時、筑紫(九州)や陸奥(東北)というのは、かなり遠く思える地域だったのでしょう。ましてや千島の端や沖縄の端と言ったら、本州に住んでいる人にとっては、地球の裏側へ行くようなものだったのかもしれません。そういう土地へ、生まれ育った祖国を守るため、そして祖国に住む家族を守るため任務に旅立つ人を、別れの悲しみを噛みしめつつ、そして励ます為に歌われた曲が蛍の光だったのでしょう。

今度蛍の光を聴くときはこういった視点で聴いてみるとまた違う感慨を感じることができると思います。

尚、余談ですが蛍の光は1948年まで韓国の国歌でした。もちろん歌詞は韓国人が作った別の物になっていましたが。さすがにまずいと思ったのか、今は蛍の光をベースに作った曲に変更されていますが、まだ似ていますね。
http://blog.livedoor.jp/lancer1/
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