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04 4/4大宮講演会 高野美幸さん(1)

投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2005/03/04 12:03 投稿番号: [186367 / 232612]
*撮影したビデオカメラより文字化しました。
http://aoinomama.trycomp.net/


  高野と申します。私このような場で講演させていただくのは初めてですので、朗読になってしまうかもしれませんがお許しください。

  私の母が私を産んだ頃、私の母は殺されても死なないと言われるほど丈夫でした。兄の失踪から続いた精神疲労が体内で蓄積したのでしょうか、昨年の8月に子宮がんを患いました。幸い初期がんで手術は成功し今のところ元気にしております。

  父は兄の失踪当時「島に移住して見つかるまで捜索する」と言いました。人知れず泣いていたのだと思います。年を取るとともに涙目がひどくなり、男親の秘めた苦しみが目の下のしわに涙となってにじんでいます。

  わが子の消息が何年もわからないつらさは終わることなく続き、長野県塩尻市の実家と当時住んでいた大学寮、失踪場所の離島の神津島と移動にも時間がかかり、精神面・金銭面ともにたとえようのない苦しみだったと思います。

  そんな苦労や困難の中、5歳の私を大きく育ててくれた両親に一秒でも早く兄の消息を知らせ、生きているのなら再会させてあげたい、そのために今私はこの場所に立っています。


  私の兄「高野清文」は昭和51年7月30日19歳の時、電気通信大学の2年生でした。夏休みに入居していた大学寮の寮生17人で合宿に訪れた伊豆七島の神津島で、忽然と消えてしまいました。

  失踪直後から同行していた寮生の方や警察・消防・役場職員・一般の方も含めて全島をあげて捜索し、神津島の派出所から通知を受けました家の両親が8月1日に島にたどり着きますと、無事に帰ってきて欲しいという一念の思いで必死に兄を探しました。船やヘリコプターによる捜索、警察犬も導入しましたが、横田めぐみさん同様にその場で溶けてなくなってしまったように、何の手がかりも無く今日まで消息はつかめないままです。

  母は「こんな悲しい思いは他の誰にもして欲しくない」とよく言っていました。

続く
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