日本が任意で「創地改名」
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/03/01 14:03 投稿番号: [184749 / 232612]
「創地改名」とは、またインネン付けですな。
しかし、任意だとしているから、押し付けではないはず。
天王峰、天皇峰、亀岩里、九岩里。
植民地時代に日本が任意で地名を変えた「創地改名」の例だ。
日本の植民地支配から解放されて60年が過ぎたが、現在も日本により歪曲された地名が至る所に残存していることが分かった。市民団体「緑色連合」は昨年12月から今年2月まで白頭大幹(韓半島を東西に分ける山脈)が通る32の市・郡の自然地名と行政地名を調査した結果、22ヶ所の地名が誤記されていることが確認されたと発表した。
最も多い歪曲事例のタイプは大きな山や峰の名前に入る「王」という文字を「皇」や「旺」に変えたケース。緑色連合によれば、「皇」は日本の天皇を意味するもので、「旺」は「日+王」のことで、「日本の王」という意味に解釈することもできる。
実際に俗離山天皇峰は古地図の「八道郡県地図」と1911年に制作された韓国地形図までは「天王峰」と書かれていたが、1918年に日本の朝鮮総督府が作った地図からは「天皇峰」と表記され始め今日に至っている。
同様に江原(カンウォン)道・旌善(チョンソン)郡の加里王山は加里旺山に、雪岳山(ソラクサン)の土王白滝は土旺城滝にそれぞれ歪曲されたまま使用されていた。
慶尚(キョンサン)北道・聞慶(ムンギョン)の旺陵里、江原道・襄陽(ヤンヤン)郡の旺勝洞、江原道・ 江陵(カンヌン)市の旺山面、忠清(チュンチョン)南道・論山(ノンサン)市の旺田里も同じケースだ。仁王山は植民地時代以降、仁旺山と書かれていたが、1995年の光復(独立)50周年時に元の名称に戻された。
村に由来する伝説や特異な地形から名付けられた地名は行政便宜のため平易な漢字に変更されている。亀模様の岩があり、村名に「亀」という字が入っている江原道・楊口郡の「亀岩里」と慶尚(キョンサン)南道・咸陽(ハミャン)郡の「亀坪村」は日本統治時代にそれぞれ「九岩里」と「九坪村」に変更された。大田(テジョン)の「九城洞」、忠清(チュンチョン)北道・報恩(ポウン)郡の「九チリ」も類似したケースだ。
全羅(チョルラ)北道・鳩洛村は「孝行心が強かった郡首の元に、母親の薬に使う鳩が自ら飛んできた」という伝説が言い伝えられている地域。しかし日本が植民地時代に「鳩」の字を「九」に変え今日に至っているという。
全羅(チョルラ)北道・長水(チャンス)郡の「龍鶏村」は高麗(コリョ)時代末に将軍だった李成桂(イ・ソンゲ)が寝ている時に鶏の声を聞き目が覚め、日本の勢力を撃退した場所だとされているが、日本統治時代に「龍渓村」に変更したと『長水郡誌』に記録されている。
緑色連合白頭大幹保全チームのチョン・ヨンミ・チーム長は「今度の調査は全国140の市・郡の中で、白頭大幹が通る所だけを対象にしたもので、こうした地名歪曲例はこれよりはるかに多い」としている。
任敏赫(イム・ミンヒョク)記者
しかし、任意だとしているから、押し付けではないはず。
天王峰、天皇峰、亀岩里、九岩里。
植民地時代に日本が任意で地名を変えた「創地改名」の例だ。
日本の植民地支配から解放されて60年が過ぎたが、現在も日本により歪曲された地名が至る所に残存していることが分かった。市民団体「緑色連合」は昨年12月から今年2月まで白頭大幹(韓半島を東西に分ける山脈)が通る32の市・郡の自然地名と行政地名を調査した結果、22ヶ所の地名が誤記されていることが確認されたと発表した。
最も多い歪曲事例のタイプは大きな山や峰の名前に入る「王」という文字を「皇」や「旺」に変えたケース。緑色連合によれば、「皇」は日本の天皇を意味するもので、「旺」は「日+王」のことで、「日本の王」という意味に解釈することもできる。
実際に俗離山天皇峰は古地図の「八道郡県地図」と1911年に制作された韓国地形図までは「天王峰」と書かれていたが、1918年に日本の朝鮮総督府が作った地図からは「天皇峰」と表記され始め今日に至っている。
同様に江原(カンウォン)道・旌善(チョンソン)郡の加里王山は加里旺山に、雪岳山(ソラクサン)の土王白滝は土旺城滝にそれぞれ歪曲されたまま使用されていた。
慶尚(キョンサン)北道・聞慶(ムンギョン)の旺陵里、江原道・襄陽(ヤンヤン)郡の旺勝洞、江原道・ 江陵(カンヌン)市の旺山面、忠清(チュンチョン)南道・論山(ノンサン)市の旺田里も同じケースだ。仁王山は植民地時代以降、仁旺山と書かれていたが、1995年の光復(独立)50周年時に元の名称に戻された。
村に由来する伝説や特異な地形から名付けられた地名は行政便宜のため平易な漢字に変更されている。亀模様の岩があり、村名に「亀」という字が入っている江原道・楊口郡の「亀岩里」と慶尚(キョンサン)南道・咸陽(ハミャン)郡の「亀坪村」は日本統治時代にそれぞれ「九岩里」と「九坪村」に変更された。大田(テジョン)の「九城洞」、忠清(チュンチョン)北道・報恩(ポウン)郡の「九チリ」も類似したケースだ。
全羅(チョルラ)北道・鳩洛村は「孝行心が強かった郡首の元に、母親の薬に使う鳩が自ら飛んできた」という伝説が言い伝えられている地域。しかし日本が植民地時代に「鳩」の字を「九」に変え今日に至っているという。
全羅(チョルラ)北道・長水(チャンス)郡の「龍鶏村」は高麗(コリョ)時代末に将軍だった李成桂(イ・ソンゲ)が寝ている時に鶏の声を聞き目が覚め、日本の勢力を撃退した場所だとされているが、日本統治時代に「龍渓村」に変更したと『長水郡誌』に記録されている。
緑色連合白頭大幹保全チームのチョン・ヨンミ・チーム長は「今度の調査は全国140の市・郡の中で、白頭大幹が通る所だけを対象にしたもので、こうした地名歪曲例はこれよりはるかに多い」としている。
任敏赫(イム・ミンヒョク)記者
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.