空気の研究
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2005/02/17 00:44 投稿番号: [179717 / 232612]
>>山本七平氏が「空気の研究」を書かれ、戦前から空気で動く我が国の不合理を指摘された。
これは面白いです。
あるムードが社会なりを支配すると、それを打ち破れなくなるというやつです。
この空気は理論的なものをまとっているときも、いないときもあるが、絶対的というところがポイントでしょうか。
(例)幕末は新撰組を含めて世の中、<尊皇攘夷>一色だったはず。
<大政奉還>直後から<開国>してしまったが、それの反対勢力はほとんどいなくて、
<文明開化>の時代にさっさと入ってしまった。
結果往来かもしれませんが、こちらにとってはこのスムースな転換は今でも私には謎。
<尊皇攘夷>が薄っぺらい偽物だったということか?
山本七平は、戦前の具体的な問題提起は鋭いと思うし、面白いのですが、
日本人社会がなぜそうなるのかを説得力ある言葉では書いていないのではないか。
ということでこの問題はなかなか解けない。
堺屋太一は、聖徳太子の<和をもって尊しとす>が日本人の精神を規定した旨
説明しているが、日本人がなぜそうなるのか・それが<似合う>理由までは
書いていない。
ヒント:日本の社会は村(ムラ)社会の外延的拡大だから??
(よう分かりません)
ぼんやりした理屈
西欧においては小さな時から個人的な人格を認められそれに対する責任も負う。
つまり個人の「確立」を求められる。
個人の主張が認められとともに、そこには個人が常にその説明も用意している。
(用意しなければならない)
日本ではそこは非常に曖昧である。
親子・家族の間で埋没したままであるということか?
主張もない代わりに、(論理的な)説明も要らないということでしょうか。
掲示板は別ですが(笑)
これは メッセージ 179558 (komash0427 さん)への返信です.
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