【北朝鮮人権会議】
投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2005/02/16 02:03 投稿番号: [179409 / 232612]
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/02/15/20050215000080.html
ホーム > 政治 > 南北・北朝鮮 記事入力 : 2005/02/15 18:24
【北朝鮮人権会議】「脱北妊婦の赤ん坊、生まれた直後に窒息死」
ソウル・西江(ソガン)大学イニャシオ館で開かれている第6回北朝鮮人権・難民国際会議は、開幕2日目の15日の会議で、北朝鮮の子ども、女性に対する人権じゅうりんの実態、中国で横行している脱北者の人身売買の実態などに関する脱北者の証言が行われた。
▲極端な児童虐待
北朝鮮の咸鏡(ハムギョン)北道・清津(チョンジン)から01年に脱出したキム・ヒョク(23)さんは食糧難の厳しかった97年、清津のある孤児院に収容されていた。
キムさんは稲の根ともみがらをひいた粉が主な材料となる「代用食糧」で飢えを凌いだ。このため、76人の院生のうち、23人が栄養失調で死亡したと話した。
キムさんは「飢えに苦しむ子どもたちは労働させられたり、物乞いや空き巣で延命した」と証言した。
キムさんがはじめて公開処刑を目撃したのは、9歳だった91年。この時に処刑された人はまだ未成年者の兄弟だったという。
咸鏡南道・咸興(ハムフン)市で教師を務め、01年に北朝鮮を脱出したパク・グァンイル(31)は「青少年は国の王であり、未来の担い手」と宣伝する北朝鮮の掛け声は嘘に過ぎないとしていた。
「北朝鮮では子どもたちが毎日のように首領偶像化に動員され、飢えで学校にも行けず、飢え死にすることが日常化していた」と話した。
00年3月末、中国大連で公安に逮捕され北の強制送還され、平安(ピョンアン)北道・新義州(シンイジュ)の道集結所に収容されていたパク・ソンジャ(29・女)さんは、集結所で目撃した嬰児殺しを生々しく描写した。
パクさんは「集結所で10人の妊婦と一緒にいた。清津から来た若い女性を含め5人の女性の面倒を見ながら保安省(警察)傘下の病院に連れて行ったことがあった。そこで、看護士が生まれたばかりの赤ん坊の顔に濡れたタオルを当て、窒息させる場面を目撃した。赤ん坊は約10分後に泣き止んだ。あまりにも惨かった」と話した。
他の妊婦は強制的に工妊娠中絶手術を受け、胎児は全員死亡したとパクさんは付け加えた。
▲女性への深刻な人権侵害
中国から送還された脱北女性が強いられる人権侵害は「非人道的なレベルを超え、想像を絶する」と脱北者たちは口を揃えた。
パク・ソンジャさんは「新義州の道集結所では、女性たちが裸で後ろ手に縛られ、繰り返し座り立ちを命じられた。妊婦もほぼ毎日殴られた」と話した。
平壌(ピョンヤン)市に生まれ97年中国に脱出、数回も北に強制送還されたが、結局03年半ば、ソウル入りを果たしたキム・チュンエさんも、送還された当時、 咸鏡北道・茂山(ムサン)郡の国家安全保衛部の取調室で経験したことを公開した。
当時、キムさんは保衛部員から「以前、ある者が胸の下にお金を隠し絆創膏で巻きつけてきた」とし、娘の前で裸になって体を捜索されたと話した。
女性に対する虐待は北朝鮮社会で日常的に発生しているという証言も出た。
パク・ヨンヒさんは「平安南道・カントンと咸鏡(ハムギョン)北道・吉州(キルジュ)を行き来する汽車の中で、旅行証を所持しなかったという理由で、列車保安員らが集団で女性たちに暴力をふるうのを目撃した。当時、保安員らはお年寄りまで同じ理由でひどく殴っていた」と話した。
姙娠した女性の場合、保安員らが正面からは殴れないので、臀部を足で蹴ったという。
▲減らない人身売買
「中国の人身売買犯らは、脱北女性は年に関係なく、“豚”と表現した。豚一匹、二匹といった風だった」
キム・チュンエさんの証言だ。キムさんは吉林省を含め、中国各地で1999年から2000年まで、中国元500元(韓国ウォン8万ウォン相当)から5000元で売られてきた北朝鮮女性を目撃したと話した。
キムさん自身も次女と一緒に中国公安に偽装した人身売買犯に拉致されそうになったことが一度や二度ではないという。
特に、中国と北朝鮮の国境地域に居住する朝鮮族中一部は、脱北女性を見つけては人身売買組職に売り渡しているため、「誰一人、信じられる人がいなかった」と話した。
パク・ヨンヒさんは自分が嫁いだ中国吉林省長白のある村で、28歳の北朝鮮女性が1000元(韓ウォン16万ウォン相当)で売られてきては、他の男性にまた売られ、そこで人工妊娠中絶手術をさせられるのを目撃したと話した。
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【北朝鮮人権会議】「脱北妊婦の赤ん坊、生まれた直後に窒息死」
ソウル・西江(ソガン)大学イニャシオ館で開かれている第6回北朝鮮人権・難民国際会議は、開幕2日目の15日の会議で、北朝鮮の子ども、女性に対する人権じゅうりんの実態、中国で横行している脱北者の人身売買の実態などに関する脱北者の証言が行われた。
▲極端な児童虐待
北朝鮮の咸鏡(ハムギョン)北道・清津(チョンジン)から01年に脱出したキム・ヒョク(23)さんは食糧難の厳しかった97年、清津のある孤児院に収容されていた。
キムさんは稲の根ともみがらをひいた粉が主な材料となる「代用食糧」で飢えを凌いだ。このため、76人の院生のうち、23人が栄養失調で死亡したと話した。
キムさんは「飢えに苦しむ子どもたちは労働させられたり、物乞いや空き巣で延命した」と証言した。
キムさんがはじめて公開処刑を目撃したのは、9歳だった91年。この時に処刑された人はまだ未成年者の兄弟だったという。
咸鏡南道・咸興(ハムフン)市で教師を務め、01年に北朝鮮を脱出したパク・グァンイル(31)は「青少年は国の王であり、未来の担い手」と宣伝する北朝鮮の掛け声は嘘に過ぎないとしていた。
「北朝鮮では子どもたちが毎日のように首領偶像化に動員され、飢えで学校にも行けず、飢え死にすることが日常化していた」と話した。
00年3月末、中国大連で公安に逮捕され北の強制送還され、平安(ピョンアン)北道・新義州(シンイジュ)の道集結所に収容されていたパク・ソンジャ(29・女)さんは、集結所で目撃した嬰児殺しを生々しく描写した。
パクさんは「集結所で10人の妊婦と一緒にいた。清津から来た若い女性を含め5人の女性の面倒を見ながら保安省(警察)傘下の病院に連れて行ったことがあった。そこで、看護士が生まれたばかりの赤ん坊の顔に濡れたタオルを当て、窒息させる場面を目撃した。赤ん坊は約10分後に泣き止んだ。あまりにも惨かった」と話した。
他の妊婦は強制的に工妊娠中絶手術を受け、胎児は全員死亡したとパクさんは付け加えた。
▲女性への深刻な人権侵害
中国から送還された脱北女性が強いられる人権侵害は「非人道的なレベルを超え、想像を絶する」と脱北者たちは口を揃えた。
パク・ソンジャさんは「新義州の道集結所では、女性たちが裸で後ろ手に縛られ、繰り返し座り立ちを命じられた。妊婦もほぼ毎日殴られた」と話した。
平壌(ピョンヤン)市に生まれ97年中国に脱出、数回も北に強制送還されたが、結局03年半ば、ソウル入りを果たしたキム・チュンエさんも、送還された当時、 咸鏡北道・茂山(ムサン)郡の国家安全保衛部の取調室で経験したことを公開した。
当時、キムさんは保衛部員から「以前、ある者が胸の下にお金を隠し絆創膏で巻きつけてきた」とし、娘の前で裸になって体を捜索されたと話した。
女性に対する虐待は北朝鮮社会で日常的に発生しているという証言も出た。
パク・ヨンヒさんは「平安南道・カントンと咸鏡(ハムギョン)北道・吉州(キルジュ)を行き来する汽車の中で、旅行証を所持しなかったという理由で、列車保安員らが集団で女性たちに暴力をふるうのを目撃した。当時、保安員らはお年寄りまで同じ理由でひどく殴っていた」と話した。
姙娠した女性の場合、保安員らが正面からは殴れないので、臀部を足で蹴ったという。
▲減らない人身売買
「中国の人身売買犯らは、脱北女性は年に関係なく、“豚”と表現した。豚一匹、二匹といった風だった」
キム・チュンエさんの証言だ。キムさんは吉林省を含め、中国各地で1999年から2000年まで、中国元500元(韓国ウォン8万ウォン相当)から5000元で売られてきた北朝鮮女性を目撃したと話した。
キムさん自身も次女と一緒に中国公安に偽装した人身売買犯に拉致されそうになったことが一度や二度ではないという。
特に、中国と北朝鮮の国境地域に居住する朝鮮族中一部は、脱北女性を見つけては人身売買組職に売り渡しているため、「誰一人、信じられる人がいなかった」と話した。
パク・ヨンヒさんは自分が嫁いだ中国吉林省長白のある村で、28歳の北朝鮮女性が1000元(韓ウォン16万ウォン相当)で売られてきては、他の男性にまた売られ、そこで人工妊娠中絶手術をさせられるのを目撃したと話した。
姜\xC5
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.