小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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戦犯神社問題に関する考察

投稿者: georgia_strikesback 投稿日時: 2005/02/06 23:11 投稿番号: [175868 / 232612]
岡崎大使の論考を引用しよう。

http://www.okazaki-inst.jp/yasukuni01.html


靖国参拝論争

小泉総理は終戦記念日に靖国参拝を行うと言っている。小泉氏の性格からいって、やると言えばやるのであろう。そしてその理由は単純明快に、戦没者に哀悼の意を表するという事である。結論から言えば私はそれで良いと思う。公式、非公式の問題などは論ずる必要もない。

ただ、首相の靖国参拝の問題は、一九八〇年代以来内外で激しい論争の対象となって来ているのでこのあたりで問題の経緯をふり返って、もう一度整理して置く事は有益であろう。

敗戦の年昭和二十年の十月、幣原首相は靖国に参拝して大戦の戦没者の霊を弔ったが、その後GHQの指示で、戦没者の慰霊祭への公的関与は一切禁止された。講和条約が署名されると、吉田首相は、その批准を待たず、まだ占領中であったが、「戦没者の慰霊祭等への公人の参拝差し支えなし」という占領軍の許可を得て公式参拝を行った。吉田も遺族達も感無量であったと報じられている。

その吉田は四回、岸は二回、池田は五回、佐藤は十一回、田中は五回、首相として、公的形式で参拝している。

公式参拝と私的参拝の区別が論じられるようになったのは三木首相の時からである。三木は歴代総理の中でも例外的なポピュリスト・パシフィストであり、防衛費の一%枠とか、防衛計画の大綱とか、その軌道再修正にその後数内閣を要するような、自らの手をしばる制限を自ら課しているが、その時私人として参拝したと説明した。これも、そう言わねばならない客観的情勢は何もなく、自分から言い出した事である。何か理由があるとすれば、当時稲葉法相が自主憲法制定国民会議に出席した事を「個人の立場で」と釈明したことがその背景にあったと推察されている。福田首相もその前例にしたがい、その後は私的参拝となった。

次に問題となる戦犯合祀の問題の経緯は、まず講和条約発効と同時に、まだ服役中の同胞の釈放運動が起り、講和条約の規定の下に関係諸国の同意を得て昭和三十三年までに全員が釈放された。これと平行して戦争裁判の刑死、獄死者の遺族年金、恩給支給の運動も起った。懲役三年以上の刑に処せられた者の恩給は停止されるが、戦争裁判の刑死者等は日本国内法の犯罪者ではなく戦争の犠牲者と考えるという事であり、当時の左右社会党を含む国会の全会一致で決定された。その頃の日本人の心の中には迷いはなかったと言える。
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