続き
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/01/24 21:25 投稿番号: [172162 / 232612]
外務省情報部長談話によれば、事件の全貌は次のようであった。
《支那人は婦女、子供をも共に、全日本人を虐殺せむと企てた。婦人の多くは掻きさらはれて、二十四時間虐待酷使された後、東門の外で殺されたが、其処まで連れて行かれるには手足を縛られ、或は鼻や喉を針金で突き通されて、曳きずられたのであった。死骸は近くの池にぶち込まれ、或る者は強力な毒物をぬりつけられて、顔がずたずたになつてゐた。》
これは、戦時国際法にたいする重大な違反であった。外務省情報部長は事件から四日を経て、公式に支那兵の日本人虐殺・強姦・掠奪を批判したのである。東京裁判にも、弁護側からこの公式声明が提出された。しかし、理由の提示なきままウェッブ裁判長は却下している。「通州虐殺」は連合国にとり、触れて欲しくない問題であったからである。
しかし、その却下にもかかわらず昭和二十二年(一九四七年)四月二十五日、レヴィン弁護人は引き続き萱嶋高(元陸軍中将)を証人として喚問した。事件からすでに十年の歳月が流れていた。
これは メッセージ 172161 (hangyosyufu さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/172162.html