>李登輝・台湾前総統:
投稿者: mutekinozerosen 投稿日時: 2005/01/23 17:57 投稿番号: [171925 / 232612]
>序でに、靖国参拝(8/15)なんかしたりしてね。
前総統の兄上が祭られていると聞きました。必ず参拝していただかなくてはなりません。
司馬遼太郎氏と士官学校で同期だったんですね。
(3)李登輝氏と兄李登欽
前台湾総統李登輝氏の父李金龍(日本名:岩里龍男)は警察官で、のちに台北県会議員や淡水農会理事長を歴任された地区の名士であった。李登輝氏はその次男として大正十二年(一九二三年)一月十六日、日本統治下の台北県三芝郷埔坪村で生まれ、客家に属し、日本名を「岩里政男」といい、淡水中学四修で台北高校を経て京都帝大農学部農業経済学科へと進学した。
しかし、戦時体制下にあるため在学中に学徒兵として習志野陸軍予備士官学校(十一期生)に入校(司馬遼太郎氏と同期)、同年末、陸軍少尉に任官した。
一方、兄の李登欽(日本名:岩里武則)氏は大正十年(一九二一年)二月十九日に李金龍(日本名:岩里龍男)の長男として生まれ、淡水中學卒業後、父の跡を継ぎ地元警察に勤務していたが、昭和十八年十月、海軍特別志願兵制度発足により時流に従い、昭和十八年十月、高雄・左営の『台湾総督府海軍兵志願者訓練所』第一期生一千人の一人として高倍率をパスし入所。六ヶ月後に海軍兵志願資格を獲得し、昭和十九年四月、『左営海兵団(陸戦隊)』に入営した。その頃のことを李登輝氏は「私が学徒兵として台湾の高雄高射砲部隊に配属になった一九四四年に、兄は左営の海軍基地に初年兵として配属されていたので、二人で会って写真を何枚も撮ったのが最後になりました」と述懐されている。
三ヶ月の新兵教育を経て海軍二等機関兵に任命された。同年七月、南洋諸島の第三十二特別根拠地隊配属となり高雄港からルソン島に向かった。
昭和二十年二月十五日、ルソン島マニラ市のマニラ湾において停泊中の戦艦が米軍機の攻撃を受け、兄李登欽(日本名:岩里武則)氏は二十四歳の若さで戦死した。
「日本靖国神社委任調査戦死遺族名簿」によれば、『合祀番号二十一。海軍上等機関兵。岩里武則。昭和二十年二月十五日戦死。死没場所ルソン島マニラ市。父李金龍』として靖國神社に祀られている。
李登欽氏の長男憲昌氏は、ご健在で台北市内で会社を経営されており、したがって、李登輝氏が甥憲昌氏とともに英霊李登欽氏を訪ね、靖国神社に参拝の意志をお持ちになることは、当然のことである。
私共とともに、靖国の鳥居をくぐり、玉砂利を踏みながら神殿に進み、参拝しようではないか。
http://www.eireinikotaerukai.net/E05Iken/E05P0030.html
これは メッセージ 171921 (kuecoe さん)への返信です.
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