「稲むらの火」の主人公梧陵さん
投稿者: mutekinozerosen 投稿日時: 2005/01/22 19:03 投稿番号: [171680 / 232612]
この方はヤマサ醤油の7代目御当主。教科書にも載った有名な話の主人公であるだけでなく、津波の被害にあった広村に防波堤も築いた。教育にも力をいれ、国政に参加し逓信大臣にまでなった方です。郷土に尽くした人格者であるだけでなく実業家政治家でもあった。
一山の稲むらを燃やしても何も困らない資産家ではありましたが、財を捨てて村人を救おうとした高潔な人柄が敬愛される所以でしょう。ペットボトル入りのヤマサ醤油がなんとも尊いものに見えてきた。北朝鮮産のアサリの味付けなどに使えませんね。
http://www.yamasa.com/history/sevens.html初代儀兵衛の後、2代教了、3代教寛、4代安六、5代灌圃、6代保平と続き、創業から約200年後の1853年(嘉永6年)、5代目灌圃の孫にあたる梧陵が、7代濱口儀兵衛を名乗りました。 梧陵は1820年(文政3年)に生まれ、1853年(嘉永6年)に家督を相続し、幕末の風雲の中で、家業を守りました。彼はヤマサ醤油7代目という実業家としての活躍のみならず、私欲を顧みない社会福祉事業や政治活動に心血を注ぎ、近代日本の発展に大きな足跡を残しています。
1854年(安政元年)11月4日、5日の2回にわたって襲った南海の大地震に際し、偶然紀州・広村(現在の広川町)に戻っていた梧陵は、海水の干き方、井戸水の急退などにより、大津波が来ることを予期しました。梧陵は村民を避難させるため、自分の田圃に積んであった収穫された稲束(稲むら)に火を投じて急を知らせ、村民の命を救ったといいます。 身の危険や財産を顧みないこの行為に感動した明治の文豪・ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、「仏陀の国の落穂拾い」という短編集の中で、‘A Living God(生ける神)’として梧陵を紹介しています。のちにこれをもとにして、小学校教師であった中井常蔵氏が著した物語「稲むらの火」は、小学国語読本に採用されました。
梧陵の活躍は人命救助だけに留まりません。津波の壊滅的な被害を受けた広村の村民のために、救援家屋の建設や農漁具の調達などを行い、離村を防止しました。また、将来の津波被害を防止するため、1855年(安政2年)から4年間、銀94貫を費やし、大防波堤の建設を進めました。全長600m、高さ5m、海側に松、陸側に櫨(ハゼ)の木が植えられたその姿は、今でもその景観をたたえており、史跡に指定されています。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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