世界のチャイナ・タウンに奇妙な異変
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/01/17 18:03 投稿番号: [170977 / 232612]
古き華人が新移民に追い出されている
海外華僑は福建人が嚆矢となった。第二波は広東人。
奴隷の如くアメリカに売られた苦力(クーリー)とその子孫ら。
海外華僑3000万のうち二千万が広東系といわれるまでに膨張し、たとえば米国に住み着いた末裔らも二世、三世、四世ともなると「華人」と呼ばれる。
ニューヨークのチャイナタウンも「悪の巣窟」といわれるサンフランシスコのチャイナタウンも広東系である。
福建省出身やほかの地域のひとは別のチャイナタウンを形成し、広東系とは距離を置く。
さて、世界的規模での異変は、この既存のチャイナタウンに新しく闖入してきた新移民が惹起することになった。
黄文雄氏から直接聞いた話だが、アルゼンチンのチャイナタウンにも激変が起きたそうな。
古くに海を渡った福建人が台湾系、中国系を問わずブエノスアイレス社会にとけ込み、チャイナタウンを形成、地域経済のも協力して何人もの成功者がでた。
数年来、この華人社会を脅かすのが「新移民」である。
要するに改革開放とともに中国を巧妙に脱出した中国人が凶暴な犯罪を繰り返し、チャイナタウン全体の印象を極端に損ねたうえ、ついには古くから居る華人を脅すからだ。
二十年前、台湾のビジネスマンは早朝ゴルフの治安に悩まされた。
強盗が襲い、日本円で二百万円とか五百万円を振り込めと恐喝する。
凶暴なマフィアを懼れ、それくらいのカネならと経営者は振り込んでしまう。
凶暴なマフィアは振り込まないと本当に殺す。
世界各地で同じ手口が見られる。
或る商品が突然送られてくる。
法外な請求書が後送され、ついで脅迫電話。「商品の代金を支払ってください」。瀬戸物ひとつが500万円とかの遣り口である。
これでブエノスアイレスの台湾系華人は四万人が国外へでた。いまや古くからのチャイナタウン構成メンバーは五千人に減少したという。四万五千のチャイナタウンが五千人に減ったのだ。
ミャンマーでも同様な変化を観察出来るという。
以下は『留学生新聞』(05年1月15日号)からの要約。
ヤンゴンのマハバンドーラ街は通称「広東大街」、ここがチャイナタウンの心臓部だった。中国語の看板も目立つ場所という。
対岸のマーチャント街(海浜街)は福建系が多いとされ観音古廟を中心に繁栄してきた。いまも物資に溢れかえっている。
このヤンゴンのチャイナタウンから最近、広東人が消えだしたのだ。
軍政を嫌い、また軍事の賄賂要求にほとほど嫌気して多くが親戚や伝手(つて)をたよって欧米に移住したため、残っているのは殆どが福建系華人という。
ところが、そのヤンゴンへ近年入り込んできたのは国境を接する雲南人。
雲南系はラオス、カンボジアにも多いが、ミャンマーで中華料理店を経営し、こつこつとカネを貯め一旗揚げようというわけだ。
しかし筆者はミャンマー、ラオスの麻薬ルートとチャイニーズ・マフィアの深い関係を考えると、なにか目に見えない、別の理由が華人の脱出原因になっていると思う。(宮崎正弘)
海外華僑は福建人が嚆矢となった。第二波は広東人。
奴隷の如くアメリカに売られた苦力(クーリー)とその子孫ら。
海外華僑3000万のうち二千万が広東系といわれるまでに膨張し、たとえば米国に住み着いた末裔らも二世、三世、四世ともなると「華人」と呼ばれる。
ニューヨークのチャイナタウンも「悪の巣窟」といわれるサンフランシスコのチャイナタウンも広東系である。
福建省出身やほかの地域のひとは別のチャイナタウンを形成し、広東系とは距離を置く。
さて、世界的規模での異変は、この既存のチャイナタウンに新しく闖入してきた新移民が惹起することになった。
黄文雄氏から直接聞いた話だが、アルゼンチンのチャイナタウンにも激変が起きたそうな。
古くに海を渡った福建人が台湾系、中国系を問わずブエノスアイレス社会にとけ込み、チャイナタウンを形成、地域経済のも協力して何人もの成功者がでた。
数年来、この華人社会を脅かすのが「新移民」である。
要するに改革開放とともに中国を巧妙に脱出した中国人が凶暴な犯罪を繰り返し、チャイナタウン全体の印象を極端に損ねたうえ、ついには古くから居る華人を脅すからだ。
二十年前、台湾のビジネスマンは早朝ゴルフの治安に悩まされた。
強盗が襲い、日本円で二百万円とか五百万円を振り込めと恐喝する。
凶暴なマフィアを懼れ、それくらいのカネならと経営者は振り込んでしまう。
凶暴なマフィアは振り込まないと本当に殺す。
世界各地で同じ手口が見られる。
或る商品が突然送られてくる。
法外な請求書が後送され、ついで脅迫電話。「商品の代金を支払ってください」。瀬戸物ひとつが500万円とかの遣り口である。
これでブエノスアイレスの台湾系華人は四万人が国外へでた。いまや古くからのチャイナタウン構成メンバーは五千人に減少したという。四万五千のチャイナタウンが五千人に減ったのだ。
ミャンマーでも同様な変化を観察出来るという。
以下は『留学生新聞』(05年1月15日号)からの要約。
ヤンゴンのマハバンドーラ街は通称「広東大街」、ここがチャイナタウンの心臓部だった。中国語の看板も目立つ場所という。
対岸のマーチャント街(海浜街)は福建系が多いとされ観音古廟を中心に繁栄してきた。いまも物資に溢れかえっている。
このヤンゴンのチャイナタウンから最近、広東人が消えだしたのだ。
軍政を嫌い、また軍事の賄賂要求にほとほど嫌気して多くが親戚や伝手(つて)をたよって欧米に移住したため、残っているのは殆どが福建系華人という。
ところが、そのヤンゴンへ近年入り込んできたのは国境を接する雲南人。
雲南系はラオス、カンボジアにも多いが、ミャンマーで中華料理店を経営し、こつこつとカネを貯め一旗揚げようというわけだ。
しかし筆者はミャンマー、ラオスの麻薬ルートとチャイニーズ・マフィアの深い関係を考えると、なにか目に見えない、別の理由が華人の脱出原因になっていると思う。(宮崎正弘)
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.