小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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朝日の論説室はマルキストのサロンだった

投稿者: tanoshii_kuni04 投稿日時: 2005/01/11 15:50 投稿番号: [169815 / 232612]
       〜   元朝日常務が痛烈批判!   〜

             北朝鮮・中国に媚びて朝日をダメにした罪深き幹部たち
                                (正論   平成15年2月号)




「朝日が拉致被害者や家族に冷淡で、北朝鮮に甘かったのは事実ですからね。」

「朝日の姿勢は、さかのぼれば戦後の朝日の社論の基調を作った笠信太郎論説主幹、そして長期政権の広岡知男社長らに行き着く。広岡さんは社の最大株主の村山家との抗争期間を通じ、十数年にわたって社長、会長を務め、その前の専務時代を含め朝日の言論報道をリードします。その間、特に中国に入れ込むわけです。その後も編集担当の秦正流さんは新ソ派ですから、親社会主義の方針は変わりませんでした。
上が批米・親中ソ北ですから、下は上の姿勢を見てものを書き、しゃべるわけですね。へつらいというか、出世志向というか、宮仕えの身としてそうなってしまう。」

「朝日には結局親ソ派にしろ、親中派にしろ、いわゆるマルキスト、あるいはマルキシズムに魅力を持つというか、そういう人たちがたくさんいたんですね。少なくとも論説室というのは、マルキストのサロンだった。
森恭三という人は自他共に許す親社会主義、親共産主義ですよ。自分で「僕は朝日と赤旗しか読まない」と言っていた。森さんはマルキストというふうに社内の多くは理解していました。そういう人が広岡社長によって論説主幹に登用されて、文化大革命は壮大な精神革命だというわけです。実は、すさまじい権力闘争だったんですがね。」

「戦後の朝日の論説室はマルキストのサロンであったような印象さえ持つわけですが、そういう基盤は一体どこから生まれてきたのか。その糸をたぐっていくと、私はどうしてもゾルゲ事件にぶち当たるんです。」

http://home.att.ne.jp/blue/hmoto/essay/data/asahi.html
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