>>暴動
投稿者: PAS_MAL 投稿日時: 2002/10/31 16:40 投稿番号: [16565 / 232612]
>国民には最早、暴動を起こす気力、体力がない
そうですね。そして今の日本には明石元二郎がいない・・・
国民にしても彼のような存在を受け入れる度量もないし。
>軍、工作員関係が常に監視してるのでしょう。
どうかなぁ、私は金政権が倒れるとしたら軍事クーデターの可能性が高いと思うな。
もっとも金政権が倒れたって後釜に座るのが軍事独裁政権(核兵器付き)じゃあ、目くそ、鼻くそだな。
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参考-産経新聞2001年03月01日 東京夕刊
この一カ月あまり、日本から届く新聞その他の情報の中に、「明石元二郎」の名前を何度か見かけた。多くは、例の外務省の元要人海外訪問支援室長の機密費流用疑惑にからむ記事やコラムの中でだった。
明石元二郎は晩年、日本統治時代の台湾で、第七代総督(陸軍大将)をつとめた人物でもあり、また近年、台湾で明石の見直し評価が進み、台湾人の中に敬愛の念を持つ人も増えているため、とりわけ目を引いた。
今回の機密費流用疑惑との関連で明石が注目されたのは、明石が日露戦争(明治三十七−八年)当時、帝政ロシアの後方かく乱のため、史上最高額の機密費を使いながら、それでいて、あるいはそれだからこそ、生涯、廉潔と公を尊ぶ姿勢を貫いた人物として知られているからだ。
日露戦争当時、ロシア駐在武官だった陸軍大佐、明石は、巨額の機密費を有効に使いつつ、欧州各地でロシア革命を扇動し、ニコライ二世の帝政ロシアを裏側から揺さぶった。明石工作は後に、奉天会戦、日本海海戦の大勝とともに日露戦争勝利の三大要因とされ、ドイツ皇帝ウィルヘルム二世は「明石一人で、大山巌・満州軍総司令官率いる二十万の日本軍に匹敵する戦果をあげた」とたたえたほどだった。
明石が諜報、革命扇動に使った機密費は当時の金で百万円、いまの価値では百億円以上という途方もなく巨額なものだったが、司馬遼太郎の『坂の上の雲』によると、任務を終え、日本に戻った明石は、機密費の使途明細と領収書を残った二十七万円とともに上司の参謀本部次長、長岡外史に返した。華々しい戦果をあげながら、機密費を私的に流用するようなことは一切せず、むしろ意識的に廉潔の士を貫いたという。
これは メッセージ 16556 (topmelodyboy さん)への返信です.
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