>>まだ、4割近くいる。
投稿者: mutekinozerosen 投稿日時: 2004/12/18 19:02 投稿番号: [165510 / 232612]
>支那媚企業や外務省のチャイナスクール、野中に同道する訪中計画の議員達、国民はしっかり見ているぞ(笑
権力は怖いものです。戦争を開くのも権力、国民を戦場に送るのも権力、不作為で国民を何千人もむざむざ死亡させるのも権力です。国民に受けがよさそうな権力ほど、しっかり監視しなくては。下等高一やら江の傭兵など、明らかな腐敗分子はいくらでもいます。
権力行使者である点、日本の総理も、北朝鮮の金も変わりがありません。ただ日本はすでに100年を超す民主主義の伝統があり、独裁制は取りえません。権威と権力が分かれているから。かと言って権力への国民の監視が不要なわけでは決してないと思います。
一億玉砕を調べていたらこんなページが見つかりました。これも権力の怖さの一例。
近衛文麿卒倒
阿川
【中略】
「日独伊三国同盟」締結が決まった一九四〇(昭和15)年九月、近衛首相が宮中で気を失ったという話を、戦後、日本医師会会長を長くつとめた“喧嘩太郎”こと、武見太郎さんから直接聞いたことがあります。武見さんは、当時銀座に診療所を開いていたのですが、その日、宮内省から至急の呼び出しがかかった。行ってみると、近衛さんがもう目を醒ましてソファに座ってたそうですがね。「どうなさいました?」と訊ねると、実は昼食のあと、陛下から庭を歩こうと言われて、ご一緒に散歩していた。すると突然、陛下が「三国同盟がいよいよ成立することになった、これで国民がさぞ難儀するだろうね」とおっしゃった。それを聞いた途端、すーっと気が遠くなった、というのです。
中西
まさにその瞬間に、日本の運命は決まったわけですね。三国同盟の成立で、真珠湾奇襲攻撃に始まる日米戦への流れは決定的に避け得なくなった、と私は思います。四〇年の九月といえば、フランスはすでにヒトラーに征服されており、「バトル・オブ・ブリテン」の最中で、イギリスはすでに風前の灯火であった。アメリカがこれを見捨てていられるはずはなく、遅かれ早かれ対独参戦は誰の目にも明らかだったのに、そのドイツと同盟したわけですから。言ってみれば、「ミズーリ号への道」はここで決定づけられたわけです。
昭和天皇の敗戦分析
中西
敗戦後のことになりますが、昭和天皇が当時の皇太子、つまり今上天皇に手紙を書き、そのなかで、日本が戦争に負けた理由を四つ挙げています。敵をよく知らなかったこと、科学精神が欠如していたこと、そして陸海軍の不仲と、明治時代のような元老がいなくなったということです。
http://www.c20.jp/text/ah_20nih.html>明治のような元老がいなくなった。
昭和天皇の深いため息が聞こえてくるようです。
これは メッセージ 165500 (ringo_pie04 さん)への返信です.
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