>小野田さんに感動した日系ブラジル人の農場主が農場を彼に寄付したんです。
simon2000jpさんありがとうございます。
ググッてみたら、
http://www.ffortune.net/social/people/nihon-today/onoda-hiroo.htm「鈴木はルバング島のジャングルにテントを張っていて、この年の2月20日、
偶然小野田と遭遇。ここで一晩掛けて小野田と話し合い、彼に戦争が終わっ
たことを語り、一緒に日本に帰りましょうと説得しました。しかし小野田は
自分は命令を受けてここに残留しているから、その命令が解除されない限り
勝手に帰るわけにはいかないと言います。
そこで鈴木は、小野田の上官となんとか連絡を取ってみるから、後日、もう
一度会って欲しいと要請。小野田も同意して、3月10日、もう一度会うことに
なりました。そして、この日、約束通りの場所に現れたのです。
(横井にしても小野田にしても30年間ジャングルで暮らしていて暦はほと
んどずれていなかったそうです。昔の人というのは大したものです)
鈴木からの連絡で小野田の元上官・谷口義美少佐が急遽ルバングに赴きまし
た。そして、この日現れた小野田に、残留命令の解除を伝え、長年の任務遂
行の労をねぎらったのです。小野田は3月12日、鈴木らとともに帰国します。
帰国後政府はせめてもの慰労金として100万円を渡そうとしますが、誇り高き
小野田は拒否。どうしてもというので、彼はこれを靖国神社に寄付してしま
います。そして天皇や首相との会見を断り、真っ先に戦闘で亡くなった部下、
島田と小塚の墓参りに行きました。彼は義理を通す人でした。
そして1年後彼はブラジルにわたり、牧場経営を手がけます。そしてそれを
成功させ、大牧場主となってから再び日本に戻り、現在は「小野田自然塾」
を主催して、子供たちにアウトドア生活の指導をしています。
ごく普通の人として、大きな運命の歯車に翻弄され、流されてしまった横井
と違い、小野田は厳しい運命の濁流の中、自分の生き方を常に模索し、常に
困難と闘い続けています。ですから小野田にとってはジャングルの中での30
年というのも無意味な時間ではなかったのです。」
感動した・・・・・・・・