小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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>>あの当時の総理大臣は誰?

投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2004/11/18 12:00 投稿番号: [159172 / 232612]
3/10西村眞悟氏講演会より
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=80&no=8


>それともうひとつ今まで国民のことについて申し上げましたが、国家を成り立たせる物的基礎は国民の領土です。領土では何が起こっているかといえば申し上げますと、妙なことが起こっています。

  この昭和52年〜53年にかけて、その数年前に東シナ海で埋蔵石油が発見されたという報告を受けてから中国は・・。尖閣諸島は中国の領土であると言い張り、そして150隻の舳先に機関銃らを付けた武装漁船がですね、尖閣諸島周辺に現れました。わが領海を侵犯しながら「ここは中国の海である。この島は中国の島である。」という・・・。もちろん日本政府は腰を抜かしどうすればいいのかわからない状態だったのです。

  そこに現れたのが訒小平中国副主席であります。これはその時の日中平和友好条約調印式のために日本に来ていました。そして彼は言うわけです、「これは子孫に解決を任せようではないか、我々の世代は棚に上げようではないか」とこう言ったのです。そして腰を抜かしていた福田内閣は「棚に上げようと、天下の訒小平さんが言ってくれた」のでそれに直ちに飛びついのであります。何の抗議もせず日中平和友好条約の調印に入ったのです。調印は北京でやっておりますけれども・・・ということです。

  さてこれが過去、どういう結果につながったのかはご承知の通りです。言うべきことを言うべき時に言わねば将来に大きな禍根を残すといういい見本であります。

  訒小平さんは日本に来て中国に帰って直ちに棚から下ろした、日本はそれから10年20年まだ棚に上がっていると思っている。常に棚から下ろして海洋調査活動を頻繁に行なっているものと、未だ棚の上にあるものと思っているものの差が領土に関してこれから出てきます。

  さて、同じ内閣の時にダッカハイジャック、日本人拉致、尖閣をハイジャックするような重大事件が3つも起こっていたということをご記憶の上、それでも今の内閣よりもまだマシだということ、今の日本人よりまだマシだということはご記憶に留めておいて下さい。

  つまり福田内閣は昭和53年8月12日に北京で日中平和友好条約を調印したのです。この3日後の8月15日福田内閣総理大臣は靖国神社に参拝しています。そして2ヵ月後の10月17日、中国が今騒いでいるところの東条英機氏他A級戦犯は靖国神社に合祀されています。そしてその5日後の10月22日、訒小平国家主席は日本に来て福田総理大臣と会談して、日本が自衛隊を増強するのは当たり前だと、ソビエト・・・が存在する以上、日米安全保障条約は堅持されるのは当たり前の公約だと、中国はその時に靖国神社の「や」の字も出さなかったのです。A級戦犯の「A」の字も出さなかったのです。こういうことをどうかご記憶に留めていただきたいです。

  今、靖国神社問題が大騒ぎになっています。日本政府は、また小泉さんも言い訳をしております。言い訳する必要など全然無いのです!(声を荒げて)中国には、その時その時の国家の戦略としてそれに対応すればいいだけの話です。
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