>>北朝鮮はそんなに悪い
投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2004/11/16 11:32 投稿番号: [158665 / 232612]
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国際シンポジウム
金
英順さん
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=&no=84
*金 英順(キム ヨンスン)さん
1970年代耀徳(ヨドク)強制収容所に収監された。収容所で父母、息子が死去。夫も処刑さる。平壌総合芸術大学1期卒業。舞踊家)
(一部抜粋)
> それから、その収容所に連れて行かれてその後私の父親は、1年後に栄養失調で亡くなりました。そして母親の方は5年後に亡くなりました。そして私の息子1人はですね、学校の帰りに川に落ちて亡くなってしまいました。このように3人の家族を私は失ってしまいました。それで8年1ヶ月ぶりに私は「耀徳(ヨドク)収容所」から出ることができました。
私の主人はですね「朝鮮百科事典出版社」というところに勤めていました。その出版社の所長、上司がですね、辛光洙(シンガンス)というスパイでした。(原敕晁さんを拉致したスパイ)彼と非常に仲が良かったんですが、その辛光洙(シンガンス)の密告によって、主人は1970年7月4日に保衛部に逮捕されました。
> 私のように保衛部の招待所に連れて行かれて、取り調べを受けた人は非常にまれです。当時はほとんどの人がそのまま何の罪目も、自分が何の罪を犯したのかもわからず連れて行かれました。例えばですね、金日成には“こぶ”があるんですが「金日成には“こぶ”がある」ということを口に出してしまった、あるいは金日成の銅像があるんですが、石膏で作られた銅像を壊した人も連れて行かれました。あと、北朝鮮では床を金日成の顔が描いてあるものを使って床に貼るんですが、その代わりに他の紙、白い紙ですとか他の紙をその上に貼ってしまった、あるいは「ソンヘディング?」の話をした、というさまざまな理由で連れて行かれました。他の民主主義国家ではありえない、罪としては思われないようなことで連れて行かれたわけです。
その後、8年から10年もその収容所に入られて、そして言葉では表せないようなさまざまな苦労をさせられました。本当に「虫よりも下の待遇」といいましょうか、例えばねずみというのは本当にスペシャルな料理だったんですが、まさに人間が住むような世界じゃないというふうにしか言いようがありません。
> この「耀徳(ヨドク)収容所」で亡くなる人というのは、非常に数え切れないほど多かったんです。収容所に連れて行かれて「1年も過ぎないうちに死んでしまう」人が多くいました。大半は栄養失調でした。倒れて死にますと、家族が亡くなった人を葬ります。
> 私がそのように帰国したその在日の方の話をする理由はですね、北朝鮮に行ったその帰国者というのは、北朝鮮から見ますと「愛国者」だと思います。しかし北朝鮮という政府はその「愛国者」たちを、その人たちが資本主義の国に前に住んでいたので「北朝鮮に来ても物もない」そして「いろんなことが不便」そういうことで不平不満を口にします。それを北朝鮮は「政治的な罪だ」というふうに断定して、永遠にそこから抜け出すことができない「政治犯収容所」に連れて行ったわけです。ですから私はこの北朝鮮という国は何の義理もない、何も論理が通じない、そういう国だというふうに思うからです。
> ですので、北朝鮮の住民というのは聞くこともできない、そして本当のことを言うこともできない、見ることもできない、すべての自由が奪われている、そういう状況です。そして地方の人は平壌に行くことさえ許されていません。北朝鮮の人は、韓国の霊山と呼ばれる有名な山がありますが、金剛山ですとかピョンハン山?ですとか、そういう山を実際に自分の目で見た人はいないと思います。ですから北朝鮮の人は今人権を踏み躙られているそういう状況だと言えます。
北朝鮮政権というのは、今世界にある「民主主義国家とは、水と油のように決して交わることのできないような国」だと思います。この北朝鮮政権というのは崩壊しなければなりません。そしてそのために世界の民主主義諸国が乗り出すべきです。北朝鮮は表と裏が違う国です。ウソで作られた国と言えるでしょう。ですから完全に崩壊させなければなりません。
私は北朝鮮の方向さえ見たくはありません。何故ならば私の家族が多く失われているからです。私は、今は一人で韓国に来まして自由に暮らしています。そのことに関しては非常に感謝しております。
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=&no=84
*金 英順(キム ヨンスン)さん
1970年代耀徳(ヨドク)強制収容所に収監された。収容所で父母、息子が死去。夫も処刑さる。平壌総合芸術大学1期卒業。舞踊家)
(一部抜粋)
> それから、その収容所に連れて行かれてその後私の父親は、1年後に栄養失調で亡くなりました。そして母親の方は5年後に亡くなりました。そして私の息子1人はですね、学校の帰りに川に落ちて亡くなってしまいました。このように3人の家族を私は失ってしまいました。それで8年1ヶ月ぶりに私は「耀徳(ヨドク)収容所」から出ることができました。
私の主人はですね「朝鮮百科事典出版社」というところに勤めていました。その出版社の所長、上司がですね、辛光洙(シンガンス)というスパイでした。(原敕晁さんを拉致したスパイ)彼と非常に仲が良かったんですが、その辛光洙(シンガンス)の密告によって、主人は1970年7月4日に保衛部に逮捕されました。
> 私のように保衛部の招待所に連れて行かれて、取り調べを受けた人は非常にまれです。当時はほとんどの人がそのまま何の罪目も、自分が何の罪を犯したのかもわからず連れて行かれました。例えばですね、金日成には“こぶ”があるんですが「金日成には“こぶ”がある」ということを口に出してしまった、あるいは金日成の銅像があるんですが、石膏で作られた銅像を壊した人も連れて行かれました。あと、北朝鮮では床を金日成の顔が描いてあるものを使って床に貼るんですが、その代わりに他の紙、白い紙ですとか他の紙をその上に貼ってしまった、あるいは「ソンヘディング?」の話をした、というさまざまな理由で連れて行かれました。他の民主主義国家ではありえない、罪としては思われないようなことで連れて行かれたわけです。
その後、8年から10年もその収容所に入られて、そして言葉では表せないようなさまざまな苦労をさせられました。本当に「虫よりも下の待遇」といいましょうか、例えばねずみというのは本当にスペシャルな料理だったんですが、まさに人間が住むような世界じゃないというふうにしか言いようがありません。
> この「耀徳(ヨドク)収容所」で亡くなる人というのは、非常に数え切れないほど多かったんです。収容所に連れて行かれて「1年も過ぎないうちに死んでしまう」人が多くいました。大半は栄養失調でした。倒れて死にますと、家族が亡くなった人を葬ります。
> 私がそのように帰国したその在日の方の話をする理由はですね、北朝鮮に行ったその帰国者というのは、北朝鮮から見ますと「愛国者」だと思います。しかし北朝鮮という政府はその「愛国者」たちを、その人たちが資本主義の国に前に住んでいたので「北朝鮮に来ても物もない」そして「いろんなことが不便」そういうことで不平不満を口にします。それを北朝鮮は「政治的な罪だ」というふうに断定して、永遠にそこから抜け出すことができない「政治犯収容所」に連れて行ったわけです。ですから私はこの北朝鮮という国は何の義理もない、何も論理が通じない、そういう国だというふうに思うからです。
> ですので、北朝鮮の住民というのは聞くこともできない、そして本当のことを言うこともできない、見ることもできない、すべての自由が奪われている、そういう状況です。そして地方の人は平壌に行くことさえ許されていません。北朝鮮の人は、韓国の霊山と呼ばれる有名な山がありますが、金剛山ですとかピョンハン山?ですとか、そういう山を実際に自分の目で見た人はいないと思います。ですから北朝鮮の人は今人権を踏み躙られているそういう状況だと言えます。
北朝鮮政権というのは、今世界にある「民主主義国家とは、水と油のように決して交わることのできないような国」だと思います。この北朝鮮政権というのは崩壊しなければなりません。そしてそのために世界の民主主義諸国が乗り出すべきです。北朝鮮は表と裏が違う国です。ウソで作られた国と言えるでしょう。ですから完全に崩壊させなければなりません。
私は北朝鮮の方向さえ見たくはありません。何故ならば私の家族が多く失われているからです。私は、今は一人で韓国に来まして自由に暮らしています。そのことに関しては非常に感謝しております。
これは メッセージ 158664 (hangyosyufu さん)への返信です.