11月15日
投稿者: komash0427 投稿日時: 2004/11/13 11:59 投稿番号: [158128 / 232612]
当時の私は11歳。小学5年生。
家の近くの剣道場へ週に3回(水・金・日だったかな)、稽古をつけに行っていました。
この道場の、私より3歳年下のある門下生は滅法強く、かれが12歳になるころには私には全く歯が立ちませんでした。
その彼は3,4年前の全日本選手権では見事優勝を飾っています。
私は中学を卒業するまでは剣道を続けていましたが、13歳のときに傷めた手首が完治せず(言い訳)、腕前もあがらなく、いつまで経っても補欠だったので、高校ではサッカー部に入部。
部員もそんなに多くないので1年目の夏からはレギュラーを獲得しました。しかし高校からサッカーを始めた選手がレギュラーになれるチームなので、それほど強くなく、卒業するまでは一度も地区大会を突破できなかった。
でもその昔は都大会の上位常連校だったとか。
それでも補欠ではなく毎回フルタイムで試合に出場できて楽しかったなぁ。
僕が記憶している、ピョンヤンでの日本代表VS北朝鮮代表戦は、85年4月の終わりに行われたメキシコ大会アジア予選です。
試合結果を伝えるニュース映像をチラッと見ました。
当時としては奇跡の勝利でした。
日本の活躍にこころから感激した人
いつまで経っても迎えに来ず、日本への思いを断ち切って、何の感慨も浮かばなかった人
多くの拉致被害者が日の丸の勝利を見聞き、その心中はいかばかりのものだったのでしょうか。
2年前の9月15日、友人3人と旅行へ行った先のこと。
晩に旅館でニュースを見ていた時、「俺、新潟にいた時、めぐみさんと同じ学校に通っていたんだ」と何気なくつぶやいた友人。
一瞬「えっ」。
聞くと彼の父も日銀マンで事件当時は新潟で勤務していたそうな。
当時、無関心だった私は「ふーん。そうなんだぁ」で、終わり。
28年目の11月15日がまもなくやってきます。
今回の日本代表団は、孤立無援の中、どんな戦いを繰り広げているのでしょうか。
粘って白状させることができるのか、はたまた死亡情報を追認させられてしまうのか。
今は代表団の活躍を祈るのみ。
がんばれ、にっぽん!
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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