>国際シンポジウム
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/11/07 07:19 投稿番号: [157425 / 232612]
11月2日の国際シンポジウムの記録読ませていただきました。
最も印象的だったのは、金
英順(キム
ヨンスン)のお話だったです。
他の方は、これまでに直接聞いたりHPで読んだりしているものですから(汗)。
>先ほどお名前が挙がりましたけれども、カンチョルファン氏という方は、北朝鮮の第15号収容所耀徳(ヨドク)収容所に収容されました。カンチョルファン氏は10歳の時に収容されまして、20歳の時までそこに閉じ込められておりました。それはご本人のお祖父さんが政治犯とみなされたからです。カンチョルファン氏のお祖父さんお祖母さんは日本に住んでおられまして、日本でパチンコビジネスで成功された方でした。
おそらくカンチョルファン>という人はRENKのHPに記載している人ではないかと思います。
経歴と中味が合っているようです。
RENK95年7月の大阪での集会
http://www.bekkoame.ne.jp/ro/renk/renk_archive/renk08_1.htm>姜哲煥(かん・ちょるふぁん)
>姜哲煥/本日は皆様にお会い出来てとても嬉しく思います。私は1968年に平壌で生まれました。私のお祖父さんは姜泰休(かん・てひゅ)といって済州島(チェジュド)の出身です。そして、京都で総連(在日本朝鮮人総連合会)の商工会の役員をしていました。私のお祖母さんは宋玉先(そん・おくそん)といってやっぱり済州島の出身でした。そして京都で朝鮮総連の女性同盟の副委員長をしていました。そして63年に私の一家は全員、北朝鮮に帰国したのですが、77年に突然、お祖父さんが消息を絶ってしまいます。その一ケ月後、私たち一家も咸鏡南道(ハムギョンナムド)の耀徳(ヨドク)収容所に入れられ、約10年近い収容所生活を強いられました。
私は友達と韓国の放送を聞いて、韓国の歌を歌って、それが、密告により発覚してしまい、もう一度収容所に入れられる、入れられたら必ず殺される、ということが判りましたので、私の友達の安赫氏と共に、鴨緑江(アムノクカン)を超えて、北朝鮮を脱出したのです。そして、中国経由で92年韓国に亡命しました。現在は漢陽(ハニャン)大学で貿易を勉強しています。
しかしまあ北朝鮮というのは、何でこういう国になってしまったのだろう。
人間というのは他人に対し、どこまでも優しいかと思えば、どこまでも残酷になれる。
これは メッセージ 157416 (aoinomama13 さん)への返信です.
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