日の丸衛星を上げろ
投稿者: komash0427 投稿日時: 2004/11/06 23:34 投稿番号: [157391 / 232612]
検証・国産情報衛星
紹介するのは11月1日から始まった日経新聞夕刊の連載です。記事の切りぬきをしていないので手元にあるのは5日の分だけです。なかなか興味深い内容です。
以下本文
4回目 現実の壁
1994年2月、在韓国大使館に行使として赴任、後に特命全権公使となった茂田宏は北朝鮮の核開発疑惑をめぐる問題に日夜、追われていた。帰国後、外務省本省で国際情報局長を拝命した後も仕事の内容はほぼ変わらなかった。
「北朝鮮の核開発動向を注視せよ」−−−。その至上命題に対して、茂田はいつも心の中である言葉をつぶやいていた。「日本にはあまりにも情報が足りない」
北朝鮮情報への欠乏感が茂田をある行動へと駆り立てた。日の丸衛星導入の研究である。96年1月、茂田は省内の会議で「日本でどういうものが考えられるのか、研究すべきではないのか」と発言。事務次官だった林貞行に年間数百万円という「微々たる予算」(茂田)を衛星研究費の名目で予算請求することを要請した。
だが、林は衛星導入について慎重であり、懐疑的だった。「実際に導入するとなれば、数千億円のオーダーが必要となる。費用対効果の面で一体どれほどの成果があるのかと感じた」。林はそう振り返る。
林の疑問に外務大臣の池田行彦も応じた。 「まだ早いのではないか・・・・」。それでも茂田は粘り強く上層部を説得。ようやく予算請求の了承までこぎつけた。しかし、そこに第二の壁が立ちはだかっていた。
当時、自民党は新党さきがけ、社会党とのいわゆる「自社さ連立政権」を組んでいた。「外務省の予算として調査費を計上したい」と申し出る茂田に対し、自民党の中山太郎、新党さきがけの前原誠司(現民主党)らは二つ返事で「ゴーサイン」を与えた。しかし、社会党がなかなか首を縦に振らない。69年の国会決議「宇宙の平和利用」に反すると言うのである
後に小渕内閣が情報衛星打ち上げを閣議決定した後、98年10月7日付けの朝日新聞は「短絡的導入の危うさ」という社説を掲載している。その中に69年の国会決議に触れた一説がある。《「平和目的」とは「非侵略的」であるだけでなく、「非軍事」という意味であることも確認されている》
当時の社会党でも、こうした考え方が主流だった。結局茂田に泣きつかれた中山が同じ大阪を選挙区に持つ吉身で社会党の井上一成を口説き落とし、この壁を崩した。これを受け、茂田は日本電気など衛星開発で一定の技術とノウハウを持つ民間企業に調査を委託した。
喜んだのもつかの間、茂田はここで「第三の壁」にぶつかる。ほかでもない予算である。情報衛星の導入には数千億円という巨額の資金が必要となる。それは外務省予算の全体像を壊しかねない規模と茂田には映った。林の懸念が今、現実のものとなって茂田に降りかかってきたのである。
「外務省だけでやるべきではない。内閣でやってもらうほかない」。繁田は即座にそう感じた。その直感は正しかった。
後に、茂田の思いは小渕恵三内閣の官房副長官、古川貞二郎が関係各省庁を分け隔てなく扱う「公正さ」を原則に打ち出した衛星導入のための「オール・ジャパン体制」という概念へと昇華していくことになる。
=肩書きは当時、敬省略
(編集委員 春原剛)
連載の1回目の内容をもう忘れてしまいましたが、ノドン発射や核開発疑惑の際に日本には目となる衛星がなくアメリカからの情報に頼るしかなく、情報収集、外交立案に手間取ってしまうことから国産の衛星導入を外務省の官僚が検討し始めたことが切っ掛けだったようです。
ちなみにその時に関わった中心人物に別所毅郎という人がいるそうです。この人は重村氏の著作にでてくる「気概のある北東アジア課長A外交官」という人物ではないかと思います(外務省に電話してある時期の北東アジア課長の名前を聞いたところ別所毅郎という方だと教えてもらいました)。
連載記事を書いている春原氏は「米朝対立」という本を今年出版しています。まだ読んでいる途中ですが、米国の外務官僚の政策に焦点をあてた内容です。ブッシュ政権の対北外交の出発点は「ABC(Anything But Clinton)」クリントンがやったこと以外なら何でもやる、がベースにあったそうです。
紹介するのは11月1日から始まった日経新聞夕刊の連載です。記事の切りぬきをしていないので手元にあるのは5日の分だけです。なかなか興味深い内容です。
以下本文
4回目 現実の壁
1994年2月、在韓国大使館に行使として赴任、後に特命全権公使となった茂田宏は北朝鮮の核開発疑惑をめぐる問題に日夜、追われていた。帰国後、外務省本省で国際情報局長を拝命した後も仕事の内容はほぼ変わらなかった。
「北朝鮮の核開発動向を注視せよ」−−−。その至上命題に対して、茂田はいつも心の中である言葉をつぶやいていた。「日本にはあまりにも情報が足りない」
北朝鮮情報への欠乏感が茂田をある行動へと駆り立てた。日の丸衛星導入の研究である。96年1月、茂田は省内の会議で「日本でどういうものが考えられるのか、研究すべきではないのか」と発言。事務次官だった林貞行に年間数百万円という「微々たる予算」(茂田)を衛星研究費の名目で予算請求することを要請した。
だが、林は衛星導入について慎重であり、懐疑的だった。「実際に導入するとなれば、数千億円のオーダーが必要となる。費用対効果の面で一体どれほどの成果があるのかと感じた」。林はそう振り返る。
林の疑問に外務大臣の池田行彦も応じた。 「まだ早いのではないか・・・・」。それでも茂田は粘り強く上層部を説得。ようやく予算請求の了承までこぎつけた。しかし、そこに第二の壁が立ちはだかっていた。
当時、自民党は新党さきがけ、社会党とのいわゆる「自社さ連立政権」を組んでいた。「外務省の予算として調査費を計上したい」と申し出る茂田に対し、自民党の中山太郎、新党さきがけの前原誠司(現民主党)らは二つ返事で「ゴーサイン」を与えた。しかし、社会党がなかなか首を縦に振らない。69年の国会決議「宇宙の平和利用」に反すると言うのである
後に小渕内閣が情報衛星打ち上げを閣議決定した後、98年10月7日付けの朝日新聞は「短絡的導入の危うさ」という社説を掲載している。その中に69年の国会決議に触れた一説がある。《「平和目的」とは「非侵略的」であるだけでなく、「非軍事」という意味であることも確認されている》
当時の社会党でも、こうした考え方が主流だった。結局茂田に泣きつかれた中山が同じ大阪を選挙区に持つ吉身で社会党の井上一成を口説き落とし、この壁を崩した。これを受け、茂田は日本電気など衛星開発で一定の技術とノウハウを持つ民間企業に調査を委託した。
喜んだのもつかの間、茂田はここで「第三の壁」にぶつかる。ほかでもない予算である。情報衛星の導入には数千億円という巨額の資金が必要となる。それは外務省予算の全体像を壊しかねない規模と茂田には映った。林の懸念が今、現実のものとなって茂田に降りかかってきたのである。
「外務省だけでやるべきではない。内閣でやってもらうほかない」。繁田は即座にそう感じた。その直感は正しかった。
後に、茂田の思いは小渕恵三内閣の官房副長官、古川貞二郎が関係各省庁を分け隔てなく扱う「公正さ」を原則に打ち出した衛星導入のための「オール・ジャパン体制」という概念へと昇華していくことになる。
=肩書きは当時、敬省略
(編集委員 春原剛)
連載の1回目の内容をもう忘れてしまいましたが、ノドン発射や核開発疑惑の際に日本には目となる衛星がなくアメリカからの情報に頼るしかなく、情報収集、外交立案に手間取ってしまうことから国産の衛星導入を外務省の官僚が検討し始めたことが切っ掛けだったようです。
ちなみにその時に関わった中心人物に別所毅郎という人がいるそうです。この人は重村氏の著作にでてくる「気概のある北東アジア課長A外交官」という人物ではないかと思います(外務省に電話してある時期の北東アジア課長の名前を聞いたところ別所毅郎という方だと教えてもらいました)。
連載記事を書いている春原氏は「米朝対立」という本を今年出版しています。まだ読んでいる途中ですが、米国の外務官僚の政策に焦点をあてた内容です。ブッシュ政権の対北外交の出発点は「ABC(Anything But Clinton)」クリントンがやったこと以外なら何でもやる、がベースにあったそうです。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.