38年ぶりに北朝鮮から手紙
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2004/10/19 23:04 投稿番号: [155289 / 232612]
>「共和国政府の人道主義的な政策によって、家庭を得た」
家庭を持つことが、人道主義的政策だとは・・・聞いて呆れる。
「幼い妹、スンヒがバス停で『お兄ちゃん!元気でね。たくさん稼いで帰ってきてね』と話したことが、妹との最後の別れの言葉になるとは、夢にも思わなかった」。1966年1月「中共(中国共産党)に拉致(らち)された」と韓国政府が発表したキルヨン号の乗組員、パク・テウォン(59、仮名)氏。
同氏が、38年ぶりに故郷の家族に手紙を送ってきた。発信地は、平安南道(ピョンアンナムド)。中国ではなく、北朝鮮に拉致されたのだった。ひとまず、人づてに託けられたパク氏の手紙は、中国でファックスを通じて江原道東海市(カンウォンド・トンへシ)にいるパク氏の姉、スンジャ氏(62)あてに送られた。
「白髪になるまで、生死の確認さえできなくなるとは、誰も予測できなかったこと。千年に一度あるという機会がやってきて、生きているとのことを両親と親類に知らせたい、と思った」。パク氏は北朝鮮で結婚し、娘3人がいるという。工場を退職した後、夫人、末娘と一緒に暮らしている、と紹介した。証明写真もファックスで送ってきたが、判別するのは難しい状態だ。
家族は、中国に拉致されたとばかり思っていたパク氏が北朝鮮にいる、とのことが信じられないという様子だ。妹スンヒ氏(54)は「別れる当時、『金をたくさん稼いで、プレゼントをたくさん買ってくる』と話していたお兄さんに間違いない」と涙声で話した。
パク氏は、手紙で「釜山(プサン)へ向かい、66年1月17日『キルヨン号』に乗って仁川(インチョン)沖を北上する途中、遭難し、北朝鮮漁船によって救助された」とし「共和国政府の人道主義的な政策によって、家庭を得た」と主張した。
これについて「拉北者家族の集い」のチェ・ソンヨン代表は「手紙が渡される過程で摘発される場合を懸念し、大半の拉致漁夫が、こうした形で手紙を書かざるを得ない」と話した。パク氏の生存事実が確認されたことによって、キルヨン号が北朝鮮に拉致された経緯や乗組員の生死を把握するため、政府が積極的に出るべきだとの声が高まっている。
キルヨン号の場合、中国拉致に見なされ、乗組員らは、未帰還・拉致漁夫435人の名簿にさえ含まれていない。統一研究院が発行した北朝鮮人権白書・2004年版にも含まれていない。
北朝鮮に拉致されたが、01年11月に帰還した漁夫ジン・ジョンパル氏は「67年、北朝鮮に拉致された後、海州(ヘジュ)港でキルヨン号を目撃し、乗組員にも会っている、との事実を韓国に戻った後、政府当局に知らせたが、政府は情報を信頼せず、いまだに『北朝鮮が拉致した』との事実を正式に認めていない」と話した。
パク氏は、拉致当時に公開された乗組員名簿にも含まれておらず、政府が北朝鮮に拉致された人々への把握を疎かにしている、との見方も出ている。
李永鐘(イ・ヨンジョン)記者
家庭を持つことが、人道主義的政策だとは・・・聞いて呆れる。
「幼い妹、スンヒがバス停で『お兄ちゃん!元気でね。たくさん稼いで帰ってきてね』と話したことが、妹との最後の別れの言葉になるとは、夢にも思わなかった」。1966年1月「中共(中国共産党)に拉致(らち)された」と韓国政府が発表したキルヨン号の乗組員、パク・テウォン(59、仮名)氏。
同氏が、38年ぶりに故郷の家族に手紙を送ってきた。発信地は、平安南道(ピョンアンナムド)。中国ではなく、北朝鮮に拉致されたのだった。ひとまず、人づてに託けられたパク氏の手紙は、中国でファックスを通じて江原道東海市(カンウォンド・トンへシ)にいるパク氏の姉、スンジャ氏(62)あてに送られた。
「白髪になるまで、生死の確認さえできなくなるとは、誰も予測できなかったこと。千年に一度あるという機会がやってきて、生きているとのことを両親と親類に知らせたい、と思った」。パク氏は北朝鮮で結婚し、娘3人がいるという。工場を退職した後、夫人、末娘と一緒に暮らしている、と紹介した。証明写真もファックスで送ってきたが、判別するのは難しい状態だ。
家族は、中国に拉致されたとばかり思っていたパク氏が北朝鮮にいる、とのことが信じられないという様子だ。妹スンヒ氏(54)は「別れる当時、『金をたくさん稼いで、プレゼントをたくさん買ってくる』と話していたお兄さんに間違いない」と涙声で話した。
パク氏は、手紙で「釜山(プサン)へ向かい、66年1月17日『キルヨン号』に乗って仁川(インチョン)沖を北上する途中、遭難し、北朝鮮漁船によって救助された」とし「共和国政府の人道主義的な政策によって、家庭を得た」と主張した。
これについて「拉北者家族の集い」のチェ・ソンヨン代表は「手紙が渡される過程で摘発される場合を懸念し、大半の拉致漁夫が、こうした形で手紙を書かざるを得ない」と話した。パク氏の生存事実が確認されたことによって、キルヨン号が北朝鮮に拉致された経緯や乗組員の生死を把握するため、政府が積極的に出るべきだとの声が高まっている。
キルヨン号の場合、中国拉致に見なされ、乗組員らは、未帰還・拉致漁夫435人の名簿にさえ含まれていない。統一研究院が発行した北朝鮮人権白書・2004年版にも含まれていない。
北朝鮮に拉致されたが、01年11月に帰還した漁夫ジン・ジョンパル氏は「67年、北朝鮮に拉致された後、海州(ヘジュ)港でキルヨン号を目撃し、乗組員にも会っている、との事実を韓国に戻った後、政府当局に知らせたが、政府は情報を信頼せず、いまだに『北朝鮮が拉致した』との事実を正式に認めていない」と話した。
パク氏は、拉致当時に公開された乗組員名簿にも含まれておらず、政府が北朝鮮に拉致された人々への把握を疎かにしている、との見方も出ている。
李永鐘(イ・ヨンジョン)記者
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.