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拉致−60年代から

投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/10/19 04:57 投稿番号: [155227 / 232612]
拉致連絡板から
(10月18日のTBSニュースの文字化です)

脱北者が持っていた1枚の写真。写真の女性と同一人物とほぼ断定されたのは、42年前に失踪した千葉県の加瀬テル子さんでした。

  17歳でこつ然と姿を消したテル子さんが、北朝鮮で暮らしているかもしれない。家族は16日、拉致被害者としての認定と救出を求めて、記者会見を行いました。
 
  「よく今まで頑張って生きていてくれたと思います」(加瀬さんの叔母、越川みつさん)
  「一日も早く帰って来ることを願います」(加瀬さんの叔母、石毛ふさ さん)
 
  同じく北朝鮮から写真が流出した藤田 進 さんに続いて、新たな拉致の可能性が浮上したことで、拉致問題の関係者は勢いづきました。
 
  「北朝鮮が言う通り『(拉致は)13人なんだ』というのはウソなんです。もっともっといるんです」(救う会 西岡 力 事務局長)
 
  実は、加瀬さんのケースが判明したことで、拉致問題に新たな可能性が浮上したのです。 特定失踪者問題調査会の荒木代表は、加瀬さんの記者会見でこう切り出しました。
 
  「拉致の本質に関わる極めて重大な問題が明らかになった」(特定失踪者問題調査会、荒木和博 代表)
 
  荒木氏が指摘したのは失踪の年代です。拉致被害者のうち、最も早い時期に拉致されたのは、久米 裕 さんや横田めぐみさんの1977年。地村さんや蓮池さん、曽我ひとみさんは、いずれも1978年に拉致されるなど、被害者は70年代後半から80年代前半に集中しています。
 
  しかし、加瀬さんの失踪は1962年。これが拉致だとすると、北朝鮮による日本人拉致は、その15年も前に行われていたということになります。
 
  実は、加瀬さんが失踪した翌年、日本海で寺越武志さんが行方不明になりました。寺越さんは北朝鮮で生存が確認されましたが、荒木氏はこれも拉致だったと見ています。
 
  「亡命工作員の安明進さんが、金正日政治軍事大学の教官から『昔(寺越さん拉致を)やってきた』と聞いた」(特定失踪者問題調査会、荒木和博 代表)
 
  「拉致は60年代に始まっていたのでは?」、この件について、細田官房長官は18日、こう述べました。
 
  「年代については様々な広がりがあるかないか、実際に検証していかなければ分からないと思う」(細田博之 官房長官)
 
  藤田さん、加瀬さんのケースから、もう1つのことが見えてきます。拉致被害者のほとんどは、日本海の海岸周辺で拉致されましたが、藤田さんと加瀬さんが失踪したのは関東でした。荒木氏は、あるルートの存在を指摘します。
 
  「一般的に『大町ルート』という言われ方をしていますが、このルートの上で失踪者がかなりいる」(特定失踪者問題調査会、荒木和博 代表)
 
  かつて千葉県で生産された砂鉄や水あめが日本海側、そして朝鮮に運ばれた「大町ルート」という経路上で、失踪者が多発しているというのです。
 
  新たな拉致の可能性を指摘する加瀬さんの写真には、裏にハングルで名前が書かれていました。
 
  「シン・ジョンイエ」(写真を提供した脱北者)。
 
  「シン・ジョンイエ」とは、加瀬さんの朝鮮名なのか。政府は次回の日朝協議の中で、加瀬さんについて北朝鮮側を追及する方針です。(18日 17:58)

http://www.startingweb.com/bbs.cgi?job=view&bbsid=3842&mid=7097
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