基本認識の問題
投稿者: minow175 投稿日時: 2004/10/17 10:06 投稿番号: [155061 / 232612]
90年代に大量の餓死者が出たが、当時のクリントン政権及びアメリカ議会は、体制が崩壊すると見て、KEDOの遅滞や原油50万tの供給の遅延、経済制裁解除の先延ばしを画策したが、ものの見事にテポドン発射という瀬戸際戦術を許した。
その反省の基にペリープロセスが生まれた。
基本は、北朝鮮崩壊説を退け、北朝鮮をありのまま見ると言うことだ。
それを受けたブッシュ政権は、共和党的強面路線に転換しつつ生まれたアーミテージドクトリンを作ったが、それは極めてペリープロセスと告示したものだと言われている。
日本の対北朝鮮政策の流れはこの中にある。
>保衛部という、警察に準じたものを住民は怖がっていたが、1人の老人が苛められているのを見て、それにも集団で反抗するようになったという。
それは、いままさにチャンマダンで行なわれていることで、市場開放が保衛部に抗する力を民衆に与えている証拠だ。
援助で息を吹き返したのではなく、自らの国が、情けなく改革すべきものであると言う動機を彼らに与えるものであり、それが君の言うような変化をもたらしたと言うことだ。
感情的論者ばかりの記事を読んでも、客観的な見かたは出来ないと思うが。
これは メッセージ 155013 (hangyosyufu さん)への返信です.
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