小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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電脳補完録さんより

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/10/16 23:03 投稿番号: [155019 / 232612]
るみ子が拉致された吹上(ふきあげ)浜。そこに同じ日、正一も営林署の仕事で来ていたのだ。
「作業場と現場は、五百メートルしか離れていなかった」
  船員仲間の町源衛(八一)は、こう回想する。食事ものどを通らぬほどショックを受けた正一だったが、一週間近く車に寝泊まりし、るみ子を捜した。
失われた家族を取り戻す父親の、苦闘の始まりだった。
  「負けちょられんでな」
  正一は自分を奮い立たせ、率先して街頭署名に立った。
一緒に拉致された市川修一=同(二三)=の家族とも行動をともにした。

  ただ、当時の写真をめくると不思議なことに気づく。正一はいつも市川家の人間とは距離を置いて納まっているのだ。
  「娘婿への嫉妬(しっと)心でしょう」
  救う会の浜田は言う。「花嫁の父」の心境だ。
  〈結婚を前提に交際していた市川さんと増元さん〉
  こんな報道を目にするたび、正一は言った。
  「結婚を認めちゃおらん」
  もし二人が交際していなかったら…。あの日、吹上浜に行っていなければ…。
複雑な感情も交錯していた。

  そして昨年九月の小泉訪朝。その目前に、正一は入院した。間質性肺炎、肺気腫、脳梗塞(こうそく)。老骨にむち打ち、署名を集めた体は満身創痍(そうい)になっていた。 るみ子の「死亡情報」と時を同じくして、正一は肺にがん細胞が見つかり、「余命二カ月」とわかった。
またも、皮肉な運命に見舞われたのだった。
しかし、運命を受け入れた父親には心境の変化が訪れた。
〈るみ子は北朝鮮で修一君と愛し合って暮らしている。悪者が修一君を切りつけようとしたら、るみ子がかばって切られた。でも傷はすぐに癒えた…〉
延命装置をつける半日前。正一は、前夜見た夢を家族に聞かせた。ひび割れた唇。
かすれる声を絞り出すように続けた。
「るみ子と修一君の結婚を認める…」
遺言だった。
その後、意識は薄れ、死期が迫っていった。

息を引き取る四、五日前のことだった。修一の兄の妻、龍子(五六)が耳元でささやいた。
「増元のお父さん。羽田に一緒に迎えに行こうね」
龍子は、正一の遺言を聞いていた。声は届いた。
ブルブル体を震わせる正一。閉じたままの左目から、一筋の涙がほおを伝った。
十月十七日、死去。それから九日後、増元、市川両家はそろって鹿児島市の繁華街に立っていた。街頭署名だ。
「父は北朝鮮と病の両方と闘った。これからは弔い合戦です」
こう話すフミ子の手には正一のたすきがある。修一の兄、健一(五七)も訴える。
「正一さんに、二人を連れて帰ることを誓います」
帰り道、遠く向こうに桜島が見えた。

(2003/1/23   産経新聞朝刊連載「家族」第2回記事)

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・・・・・・・(涙)
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