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金ドル交換停止=「ニクソン・ショック」

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2004/10/15 00:35 投稿番号: [154820 / 232612]
私は、このことは、あまりよく知らないのですが、これでどういったことになるのでしょうか?
ドルが金よりも強くなったということでしょうかね?


金ドル交換停止=「ニクソン・ショック」の仕掛け人
日本経済新聞の「私の履歴書」で32年前の出来事を語った

通貨の番人、頑固者といわれたポール・ボルカーが日経新聞に回想録を綴っているのでお読みの読者が多いはずである。

ボルカーはレーガン政権のときもFRB議長に留任し、「レーガノミックス」(レーガンの大型減税などの経済政策)に対抗するかのような通貨・金利政策を舵取りし、ブードー教祖にひっかけてのレーガン批判と対比して、ボルカーは拝火教の教祖などとする、からかい半分の似顔絵が多くの新聞雑誌を飾った。

かれはウォール街から信用があった。
友人のエコノミストだったチャールズ・ウォーカーとともに、ニクソン政権下で、ボルカーは「財務次官」に抜擢された。1969年1月だった。
そのころから“ブレトンウッズ体制”は、ほうぼうでほころびを露わにしており、なにがしかの改革の必要性に迫られていた。

ドルと金の交換性は広く信じられていたが、米国はベトナム戦争の出費で、むしろ「ドルが過剰に評価されていた」。
 
キッシンジャーから覚え書きが廻り、また財務長官がコナリーと変わった。コナリーはJFK暗殺のあの日、ダラスでオープンカーに同乗していて撃たれた人物(当時はテキサス州知事)である。
  
コナリーは大幅な調整を必要とすることをすぐに飲み込める大胆なテキサス人だった、とボルカーは回想する。
財務省上級エコノミストのオーテンにボルカーは秘密の試算をたのんだ。「ドルはどれほどの過大評価なのか?」。
 
72年8月のニクソンショックはこうして極めて周到に巧妙にポール・ボルカーの周辺で容易されていたのだ。

80年代に、このボルカーを日本のマスコミは市場の信頼が高い、まれな人物だと褒めそやしたとき、筆者には名状しがたい違和感をもってみていた。
やはりそうか、ボルカーが真の仕掛け人だったのか、というのが今回の感想だった。(宮崎正弘)
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