日本国憲法の成立過程
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2004/09/11 14:57 投稿番号: [150637 / 232612]
もともと日本国憲法の「成立過程」において、自由な議会審議は存在しなかったものである。特に衆議院憲法改正小委員会の議事録は、1995年まで秘密議事録扱いであった。この議事録に関する研究が進んでいなかったといえるのである。
多くの議員は戦後教育を受けた少年達である。「成立過程」の研究を始めるまでは、先にGHQ案があったとしても、日本国憲法は最終的には日本人による日本人の自由意志で作られた憲法であると信じられていた。
特に研究を始めると、どうも納得のいかないことが多く、知れば知るほど驚きの連続であったという知識人もたくさんいた。そして時の経過と共に、GHQ案がまさしく日本に押し付けられたものであると知ることとなった。
この憲法問題への原案作成過程から一貫して、日本側には基本的に自由意志が存在しなかったことも後ほどわかった。この成立過程史の中で、戦力放棄に至る問題については、共産党と同じく三大政党も反対していたが、自衛戦略の保持を認めるための第9条を申請することは、当初からあきらめていた。これはつまり「将来にわたっていかなる陸海空軍その他の戦力を認めず」とのマッカーサー元帥の声明に、誰も反対することができなかったからである。
要するに「日本国憲法」の成立過程において、政府や国民を代表する議員たち日本側の意見は、主観的にも客観的にもまったく無視されたものだった。つまりGHQの指示通り日本国憲法は成立したのである。
しかしながらここで強調しなければならないことは、戦後、「日本国憲法」は大多数の国民ではなく、少数派によって護持されてきたという事実である。「日本国憲法」第96条によれば、国会は、両院でそれぞれ議員定数の3分の2以上の賛成がないと憲法改正の発議は行えないとある。
つまり、社会党や共産党を中心とする護憲派が、つねに国会の3分の1以上を越える少数派にとどまることで「改憲派」を押さえ込んできた。彼らはこの第96条の規定を武器として、多数の「改憲派」および「自主憲法制定派」を牽制し、第9条改正の芽を摘んできた。
つまり日本国憲法は多数決原理によらず、きわめて非民主的な方法で合意されてきたと言えよう。言いかえれば、GHQの押し付けた日本国憲法を、今度は左翼護憲派が国民に押し付けてきたと言えるのである。
つまりもっとも強調しておきたいことは、「日本国憲法」が歴史偽造によって有効だとされてきた事実である。周知のように、共産党を中心とする左翼護憲派、憲法学、日本史学、教育学と教育の世界を完全支配してきた。
(山本善心
時局心話會代表)
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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