蒋介石と張学良
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2004/08/02 00:48 投稿番号: [145822 / 232612]
つい二週間前まで『週刊新潮』に連載されていた佐野眞一氏『満州の夜と霧』の主人公=里見甫(はじめ)や東洋のマタハリ=川島芳子などが登場する傍ら蒋介石・汪兆銘・張学良・周樹人(魯迅の実弟)・松岡洋右・板垣征四郎・影佐・梅津・有吉大使・川越大使・高宗武・周仏海なども直接会った人物として登場します。
人物像は教科書や歴史書で書かれているイメージとだいぶ違います。
汪兆銘なぞは傀儡政権の首魁として通常はネガティブに扱われていますがなかなかの君子であったことが解ります。 見直されるべき人物と感じました。
1936年12月の西安事件は奥が深いなあとの思いです。まさしく日中戦争史のターニング・ポイントになった出来事です。
関係者で生存していた張学良や宋美齢もとうとう真実を入れたカバンを抱いてあの世 に旅立ってしまいました。この真実が顕かになればさぞや面白いことになるでしょう。
松本氏は近衛の木曜会に連なっていましたが残念ながら近衛との直接のやり取りは割愛しています。近衛のことを結構批判して書いて いますから故意に省いたのでしょうが、そこが一番知りたかったので残念です。
尾崎秀実を通じてゾルゲ事件に連なっていたという噂もあります。上海情報を友人知人に流していましたから結果として協力していた可能性は否定できないでしょう。
篠田<のスパイ・ゾルゲ>は良くも悪しくも過去の大事件を日本人に想起させる役割を務めたと思います。松本氏が愛国心に突き動かされて志高く生きていた姿には素直に感動します。時代と場所に恵まれた幸いな運命に生きた仁です。(しなの六文銭)
王兆銘を最初に辱めたのは蒋介石で、まず墓を爆破し、ついで後ろ手を縛って土下座する銅像を南京の梅花鎮に建立させました。
張学良は、馬賊土匪の親玉=張作林の息子ですが、日本に歯向かったという一点で、共産党統治下のいま、蒋介石とならぶほどに評価されています。歴史を勝手に、そのときそのときの権力状況で改竄するのは中国の特色ですから、驚くには値しませんが。。(宮崎正弘)
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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