従軍慰安婦コンプレックス
投稿者: hakubi_shintarou 投稿日時: 2004/08/01 07:53 投稿番号: [145768 / 232612]
>コンプレックスって〜rachi_yameroさん
>inferiority complex 《精神分析》劣等複合,劣等感のことだと思いますけどね。
>あなたがいってるのは「負い目」というヤツでしょう。英語では indebtedness
私がもし今、朝鮮人従軍慰安婦に言い寄られたとしても
その時私は、性的拒絶を感じると思う。
その原因は従軍慰安婦への「コンプレックス」か「負い目」か?
ラチさんは「負い目」と決め付けるが
私には従軍慰安婦への「負い目」はないと思う。
例えば、
私がある会社の課長職だとして、
会社の決定で自分の部下Aをリストラする事になったとする。
私が上司としてAにリストラを通告した次の日、Aは家族を残し、自殺。
長女は私立高校を退学することを余儀なくされる。
3ヶ月後、私はフラッと川崎のソープに行き、
お相手が、偶然にもAの長女だと知ったとしたら、
多分その時、私は何も出来ないと思う。
その理由は「負い目」だと思う。
しかし、従軍慰安婦を目の前にして「いざ」いう時、出来ないと思うのは、
やはり「負い目」とはちょっと違う様に思われる。
一応、ラチさんが従軍慰安婦を抱けた世代だとして
ラチさんと戦後生まれの私の「従軍慰安婦」に対する心情における決定的な違いは、
私は、大日本帝国を「悪」として憎む、
日教組の思想に染められた戦後教育の中で
「従軍慰安婦」と「強制連行」をセットで、大日本帝国の犯した過ちとして
繰り返し、繰り返し、何度も、何度も、
脳に、精神に、
刷り込まれた事である。
>日本軍あるいは日本の官憲がそのような行為をしたとは私は信じません。
私も成人してから
10代に受けた戦後教育を疑い、払拭すべきものは払拭してきた。
今は「大日本帝国」に「悪」というイメージは一切なく、
否定的感情も一切無いが、
「従軍慰安婦」という言葉に触れると
やっぱり
「従軍慰安婦=日本軍の非人道的行為」という教育の記憶が、
NHKが何度も流した
元従軍慰安婦の泣きながら補償を訴える映像とともに蘇り、
従軍慰安婦と一回も関係を持ってもいないのにも関わらず、
何とも言えない「不快感」「嫌悪感」に襲われる。
反日教師による戦後教育が
私の「美しい国 日本」というイメージに傷をつけ、
それが、いまだにトラウマとなって残っているのかもしれない。
やはり私の従軍慰安婦に対する拒絶感は
「コンプレックス」ではないかと思う。
.............
「ラチさんならできる?」
はじめの質問に戻るが、
もし、ラチさんが同時代を生きた従軍慰安婦に対し、
一切の負い目もコンプレックスもないのなら
従軍慰安婦の事を
「いわゆる従軍慰安婦とは売春が合法であった時代に軍隊に付いていった売春業者のこと」
というインモラルな文脈でなく、
例えば、
「南京陥落の夜、歓喜と興奮の中、
出掛けた娯楽所『正日』の朝鮮人遊女『きん』との情事は
生涯忘れ得ぬ幸福感として
今も私の記憶の中に鮮やかに残っている。」
と言う風に語って頂ければ、
私も、戦後教育から受けたトラウマから
救われるかもしれないのですが...
>inferiority complex 《精神分析》劣等複合,劣等感のことだと思いますけどね。
>あなたがいってるのは「負い目」というヤツでしょう。英語では indebtedness
私がもし今、朝鮮人従軍慰安婦に言い寄られたとしても
その時私は、性的拒絶を感じると思う。
その原因は従軍慰安婦への「コンプレックス」か「負い目」か?
ラチさんは「負い目」と決め付けるが
私には従軍慰安婦への「負い目」はないと思う。
例えば、
私がある会社の課長職だとして、
会社の決定で自分の部下Aをリストラする事になったとする。
私が上司としてAにリストラを通告した次の日、Aは家族を残し、自殺。
長女は私立高校を退学することを余儀なくされる。
3ヶ月後、私はフラッと川崎のソープに行き、
お相手が、偶然にもAの長女だと知ったとしたら、
多分その時、私は何も出来ないと思う。
その理由は「負い目」だと思う。
しかし、従軍慰安婦を目の前にして「いざ」いう時、出来ないと思うのは、
やはり「負い目」とはちょっと違う様に思われる。
一応、ラチさんが従軍慰安婦を抱けた世代だとして
ラチさんと戦後生まれの私の「従軍慰安婦」に対する心情における決定的な違いは、
私は、大日本帝国を「悪」として憎む、
日教組の思想に染められた戦後教育の中で
「従軍慰安婦」と「強制連行」をセットで、大日本帝国の犯した過ちとして
繰り返し、繰り返し、何度も、何度も、
脳に、精神に、
刷り込まれた事である。
>日本軍あるいは日本の官憲がそのような行為をしたとは私は信じません。
私も成人してから
10代に受けた戦後教育を疑い、払拭すべきものは払拭してきた。
今は「大日本帝国」に「悪」というイメージは一切なく、
否定的感情も一切無いが、
「従軍慰安婦」という言葉に触れると
やっぱり
「従軍慰安婦=日本軍の非人道的行為」という教育の記憶が、
NHKが何度も流した
元従軍慰安婦の泣きながら補償を訴える映像とともに蘇り、
従軍慰安婦と一回も関係を持ってもいないのにも関わらず、
何とも言えない「不快感」「嫌悪感」に襲われる。
反日教師による戦後教育が
私の「美しい国 日本」というイメージに傷をつけ、
それが、いまだにトラウマとなって残っているのかもしれない。
やはり私の従軍慰安婦に対する拒絶感は
「コンプレックス」ではないかと思う。
.............
「ラチさんならできる?」
はじめの質問に戻るが、
もし、ラチさんが同時代を生きた従軍慰安婦に対し、
一切の負い目もコンプレックスもないのなら
従軍慰安婦の事を
「いわゆる従軍慰安婦とは売春が合法であった時代に軍隊に付いていった売春業者のこと」
というインモラルな文脈でなく、
例えば、
「南京陥落の夜、歓喜と興奮の中、
出掛けた娯楽所『正日』の朝鮮人遊女『きん』との情事は
生涯忘れ得ぬ幸福感として
今も私の記憶の中に鮮やかに残っている。」
と言う風に語って頂ければ、
私も、戦後教育から受けたトラウマから
救われるかもしれないのですが...
これは メッセージ 145511 (rachi_yamero さん)への返信です.