阿波丸
投稿者: mutekinozerosen 投稿日時: 2004/07/31 09:25 投稿番号: [145611 / 232612]
阿波丸事件
http://srd.yahoo.co.jp/PAGE=P/LOC=P/R=1/*-http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/sensi-zantei/sensi-awamaru1.html
昨日NHKで放送されました。
本来連合軍捕虜に援助物資を運搬する阿波丸。アメリカとの協定でこの船舶だけ攻撃を免れていた。日本はそれを利用し、日本本土からは南方各地に戦略物資(爆薬、車両、戦闘機、大砲、弾薬など)や資金を運び、南方からすず、アルミ、石油などの資源を運搬。(米側もスパイを通じてこうした事情は把握していたという)
被害にあった船には本土に帰還するはずの軍属、民間人など2000人余りが乗船、昭和20年4月台湾海峡沖でアメリカ潜水艦の攻撃に会い沈没しました。
アメリカのF.ルーズベルト大統領は、太平洋方面司令官が阿波丸攻撃を要請したのに対し、ニミッツ提督を通じ阿波丸への攻撃を禁じたそうです。アジア・ヨーロッパ両面で戦争をし、多大な犠牲を出していたアメリカは、日本軍の捕虜となった家族の嘆願 (「息子や夫の命は明日も知れない。日本の捕虜援助物資は不可欠だ」という銃後の家族の大統領宛の投書) を無視して阿波丸を攻撃しては厭戦気分が広がり、国民の支持も得られません。阿波丸の違法は知りつつも、ヨーロッパ・アジアに自国の国民を兵として送り続ける必要があったため、阿波丸を攻撃せず国民には捕虜を守るポーズをとり続けたのです。
「僅か3ヶ月間で、戦時中にその交戦国が非を認め謝罪した という事態がこの事件の特異性を現している。」この謝罪の裏にはアメリカ政府側のこうした事情があったのです。
阿波丸を撃沈した潜水艦のレーダー係りの証言はいささか衝撃的です。「阿波丸は魚雷を避けるために蛇行せず、速度も速かったため駆逐艦と誤認した。あの判断は私の失敗だったが、同じ状況では今でも同じ失敗を繰り返すだろう」と。
阿波丸に乗船していた弟さんをなくしたご遺族(現在90歳)は一着だけ残っていた着物を売って、もち米とアズキを買い赤飯を炊いて祝うつもりで弟さんの帰国をお待ちになっていたのだそうです。
太平洋戦争で日本は200数十万人の犠牲者を出しました。その犠牲者のご遺族やご親類お一人お一人に上のような重い記憶が沈殿しているのではないでしょうか。自国民を戦場に送り出すために捕虜を守るポーズをとるアメリカもグロテスクですが、60年経ってなお弟さんを偲ぶ高齢のご遺族にもお気持ちを表す言葉が見つかりません。
アメリカは、イラク戦争に至るまで冷徹な打算のために自国民を戦場に送る国であり、日本は太平洋戦争の深い傷にまだ苦しんでいます。軍属、民間を問わず太平洋戦争の犠牲になられた方々は日本の植民地侵略の犠牲者であったなどとする愚劣極まる固定観念を国民全てが棄て、日本国及び日本人の自衛のための正義の戦争であったとする正しい歴史観が定着するまで、日本人が戦争から受けた傷は癒えない気がします。(開戦に至る国策の失敗は大いに反省すべきです。日米が開戦しなければ朝鮮、樺太、満州、台湾が国家として独立するも日本の連邦国家として存続したかもしれないのです。)
中国政府は昭和50年代阿波丸のサルベージを行い、ご遺骨や遺品を日本政府に返還したそうです。真の目的は阿波丸が運搬した資源でしょうが、戦争犠牲者を悼む正常な感覚を当時の中国政府はまだ持っていたということです。(現在の北京政府に正常な感覚があるのならば、南京虐殺の犠牲者と称し、博物館で衆目に晒すなどということができるでしょうか)
http://srd.yahoo.co.jp/PAGE=P/LOC=P/R=1/*-http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/sensi-zantei/sensi-awamaru1.html
昨日NHKで放送されました。
本来連合軍捕虜に援助物資を運搬する阿波丸。アメリカとの協定でこの船舶だけ攻撃を免れていた。日本はそれを利用し、日本本土からは南方各地に戦略物資(爆薬、車両、戦闘機、大砲、弾薬など)や資金を運び、南方からすず、アルミ、石油などの資源を運搬。(米側もスパイを通じてこうした事情は把握していたという)
被害にあった船には本土に帰還するはずの軍属、民間人など2000人余りが乗船、昭和20年4月台湾海峡沖でアメリカ潜水艦の攻撃に会い沈没しました。
アメリカのF.ルーズベルト大統領は、太平洋方面司令官が阿波丸攻撃を要請したのに対し、ニミッツ提督を通じ阿波丸への攻撃を禁じたそうです。アジア・ヨーロッパ両面で戦争をし、多大な犠牲を出していたアメリカは、日本軍の捕虜となった家族の嘆願 (「息子や夫の命は明日も知れない。日本の捕虜援助物資は不可欠だ」という銃後の家族の大統領宛の投書) を無視して阿波丸を攻撃しては厭戦気分が広がり、国民の支持も得られません。阿波丸の違法は知りつつも、ヨーロッパ・アジアに自国の国民を兵として送り続ける必要があったため、阿波丸を攻撃せず国民には捕虜を守るポーズをとり続けたのです。
「僅か3ヶ月間で、戦時中にその交戦国が非を認め謝罪した という事態がこの事件の特異性を現している。」この謝罪の裏にはアメリカ政府側のこうした事情があったのです。
阿波丸を撃沈した潜水艦のレーダー係りの証言はいささか衝撃的です。「阿波丸は魚雷を避けるために蛇行せず、速度も速かったため駆逐艦と誤認した。あの判断は私の失敗だったが、同じ状況では今でも同じ失敗を繰り返すだろう」と。
阿波丸に乗船していた弟さんをなくしたご遺族(現在90歳)は一着だけ残っていた着物を売って、もち米とアズキを買い赤飯を炊いて祝うつもりで弟さんの帰国をお待ちになっていたのだそうです。
太平洋戦争で日本は200数十万人の犠牲者を出しました。その犠牲者のご遺族やご親類お一人お一人に上のような重い記憶が沈殿しているのではないでしょうか。自国民を戦場に送り出すために捕虜を守るポーズをとるアメリカもグロテスクですが、60年経ってなお弟さんを偲ぶ高齢のご遺族にもお気持ちを表す言葉が見つかりません。
アメリカは、イラク戦争に至るまで冷徹な打算のために自国民を戦場に送る国であり、日本は太平洋戦争の深い傷にまだ苦しんでいます。軍属、民間を問わず太平洋戦争の犠牲になられた方々は日本の植民地侵略の犠牲者であったなどとする愚劣極まる固定観念を国民全てが棄て、日本国及び日本人の自衛のための正義の戦争であったとする正しい歴史観が定着するまで、日本人が戦争から受けた傷は癒えない気がします。(開戦に至る国策の失敗は大いに反省すべきです。日米が開戦しなければ朝鮮、樺太、満州、台湾が国家として独立するも日本の連邦国家として存続したかもしれないのです。)
中国政府は昭和50年代阿波丸のサルベージを行い、ご遺骨や遺品を日本政府に返還したそうです。真の目的は阿波丸が運搬した資源でしょうが、戦争犠牲者を悼む正常な感覚を当時の中国政府はまだ持っていたということです。(現在の北京政府に正常な感覚があるのならば、南京虐殺の犠牲者と称し、博物館で衆目に晒すなどということができるでしょうか)
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.