>横レスご無礼
投稿者: sa_bo_ten_32 投稿日時: 2004/07/13 12:20 投稿番号: [143195 / 232612]
緑の風さん、はじめまして。(^-^)
>まず失礼ながら私は神道と創価学会を比較することには無理があるのではないかと思います。
いえ。私は比較をしたかったのではありません。
古来から人の心に芽生えていた、自然への畏敬の念および感謝の心そのものが、アニミズムですから、
後発の、どんな「宗教」も、原始的な自然に感謝するアニミズムに、既に含まれているのではないか、
そう思っているのです。
私も「宗教」は嫌いです。
>強いて言えば原始宗教という「野蛮な」ものであるそうです。
私はそういう話を聞くとそれならそれで結構、宗教でなくて結構、といつも思ってしまうのです。
私は神道は宗教とは思っていません、信仰であると思っています。
宗教という言葉には美しさを感じません、信仰と言う言葉には美しさ、懐かしさ、穏やかさを感じます。
同感です。
信仰には「ほほえみ」のように、あらゆる人を無言で和ませる、そういう力があり気がしますよね。
一神教なんて、争いの道具に過ぎません。
まさに、現実を見れば明らかに、戦争の為のお題目です。
>宗教だのReligionだのを重視する人には八百万の神などという考え方は理解できないでしょう。
神が複数というだけで宗教ではないなどと言われてしまうくらいなのですから。
すがるものが無いと生きられなくなった人が、
何かしら頼れるものを求める気持ちは、少しは分かります。
でも、飲み込まれては本末転倒でしょう。
本来信仰は、自分の為の糧であれば、私はこれを否定しません。
しかし、信仰や教義のための自分になってしまっては、いつの間にか自分が道具と化しているのに気付いて欲しい気もします。
>しかし日本人の心には自然を敬い八百万の神々を敬ってきた先祖代々のDNAがはっきりと残っています。
宗教などという胡散臭いものに犯されない美しいDNAが。
ええ。かつての人類には、恐らくはどの地域にも存在した観念ではないでしょうか?
然し、それが心の中で引き継がれ、今でも変わらずに心に宿しているのは、日本人だけになってしまったのかも。。。
あなたの違和感については、
あのクリームさんは、創価に属してはいても、盲信とはちょっと違う方の様に認識しているからです。
彼女には、もう「すがる物」は要らないのではないか?
むしろ「縛られる物」から解き放たれ、自由に飛べるのではないかと見えるのです。
ですから、分かり易く話しかけてみたのです。
viviviさんとの会話では、かみ合わずに勿体ない気がした物ですから。。。
また、参加して下さいね。
感覚的に、とても近しいものを感じて嬉しく思いましたから。^^
これは メッセージ 143193 (midorinokaze16 さん)への返信です.
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