日本政府の2人の〈黒子〉が記録していた。
投稿者: mangan_dorasan_tumo_banban 投稿日時: 2004/07/13 02:31 投稿番号: [143176 / 232612]
社会ニュース - 7月12日(月)15時15分
直前、緊張で動けず…曽我さん再会の舞台裏を記録
「Kiss」「ミアン(ごめん)」「オンマ(お母さん)」。大学ノートには、短い言葉の走り書きが残された。全世界で報じられた拉致被害者曽我ひとみさん(45)と夫のチャールズ・ジェンキンスさん(64)の抱擁。1年9か月ぶりに実現した曽我さん一家の再会の瞬間の詳細を、日本政府の2人の〈黒子〉が記録していた。(ジャカルタで、堤辰佳、木下敦子)
7月9日午後5時(日本時間同7時)前、ジャカルタ市郊外のスカルノ・ハッタ国際空港上空に、ジェンキンスさん、長女美花さん(21)、二女ブリンダさん(18)を乗せた日本政府のチャーター機が見えた。曽我さんが出迎えのため空港のバスに乗り込んだ直後、内閣府拉致被害者・家族支援室の男性職員(36)は報道陣に向かって、「誰か素人でも撮れるカメラを持っていませんか」と声を上げた。当初予定していた報道陣の取材は、警備を担当するインドネシア当局の許可が下りなかったのだ。
男性職員は、テレビ局の取材チームから家庭用8ミリビデオカメラを借り、同僚(42)に手渡した。
「感動の瞬間がもうそこまで迫っている」「この小さなカメラだけが頼り。でもやるしかない」。家族の会話の記録を担当することになった男性職員は、ビデオを手にした同僚とうなずき合った。
バスの中での曽我さんは表情がこわばっていた。中山恭子・内閣官房参与ら政府関係者も沈黙したまま。午後5時(日本時間同7時)7分、チャーター機は特別スポットに止まった。飛行機のエンジンはまだごう音を立てている。
〈一家のやり取りを聞き取れるだろうか〉
男性職員は強い不安に駆られた。
飛行機のドアが開いた。しかし、タラップから数メートルのところに立ち尽くし、今にも泣き出しそうな曽我さんは、緊張のためか、足を踏み出そうとしない。「ひとみさん、ジェンキンスさんよ」。中山参与の声に、ようやく歩き出した曽我さんの表情がみるみる崩れる。タラップを先頭で下りてきたジェンキンスさん。曽我さんは、ジェンキンスさんがタラップを下りきらないうちに抱きつき、キスを交わした。
「Kiss」という英語。続いて、キスの直後に曽我さんが漏らした日本語の「ごめん」。横で涙を流す美花さんに言った朝鮮語の「ミアン(ごめん)」。ブリンダさんの「オンマ(お母さん)」。曽我さんの背後に回り込んだ男性職員はノートに英語、日本語、ハングルを短く刻んだ。同僚もその瞬間をビデオに収めることに成功した。
曽我さんの帰国以来、表には出ずに支え続けてきた2人の脳裏には、その時、同じ思いが浮かんでいた。5月22日の日朝首脳会談の直後、再会がかなわなかった落胆をかろうじて抑えて、気丈に記者会見に臨んだ曽我さんの姿だ。
〈とうとう会えたんだ〉
男性職員は涙をこらえ、「とにかく必死でメモを取った」と振り返る。
2人が記録したその瞬間と一家の言葉は、世界のメディアが一斉に報じ、米国の高官も「感動的だった」とコメントした。
男性職員は、翌朝、一家再会を伝える地元英字紙の一面トップ記事に目を通しながらつぶやいた。
「よかったですね、曽我さん」(読売新聞)
直前、緊張で動けず…曽我さん再会の舞台裏を記録
「Kiss」「ミアン(ごめん)」「オンマ(お母さん)」。大学ノートには、短い言葉の走り書きが残された。全世界で報じられた拉致被害者曽我ひとみさん(45)と夫のチャールズ・ジェンキンスさん(64)の抱擁。1年9か月ぶりに実現した曽我さん一家の再会の瞬間の詳細を、日本政府の2人の〈黒子〉が記録していた。(ジャカルタで、堤辰佳、木下敦子)
7月9日午後5時(日本時間同7時)前、ジャカルタ市郊外のスカルノ・ハッタ国際空港上空に、ジェンキンスさん、長女美花さん(21)、二女ブリンダさん(18)を乗せた日本政府のチャーター機が見えた。曽我さんが出迎えのため空港のバスに乗り込んだ直後、内閣府拉致被害者・家族支援室の男性職員(36)は報道陣に向かって、「誰か素人でも撮れるカメラを持っていませんか」と声を上げた。当初予定していた報道陣の取材は、警備を担当するインドネシア当局の許可が下りなかったのだ。
男性職員は、テレビ局の取材チームから家庭用8ミリビデオカメラを借り、同僚(42)に手渡した。
「感動の瞬間がもうそこまで迫っている」「この小さなカメラだけが頼り。でもやるしかない」。家族の会話の記録を担当することになった男性職員は、ビデオを手にした同僚とうなずき合った。
バスの中での曽我さんは表情がこわばっていた。中山恭子・内閣官房参与ら政府関係者も沈黙したまま。午後5時(日本時間同7時)7分、チャーター機は特別スポットに止まった。飛行機のエンジンはまだごう音を立てている。
〈一家のやり取りを聞き取れるだろうか〉
男性職員は強い不安に駆られた。
飛行機のドアが開いた。しかし、タラップから数メートルのところに立ち尽くし、今にも泣き出しそうな曽我さんは、緊張のためか、足を踏み出そうとしない。「ひとみさん、ジェンキンスさんよ」。中山参与の声に、ようやく歩き出した曽我さんの表情がみるみる崩れる。タラップを先頭で下りてきたジェンキンスさん。曽我さんは、ジェンキンスさんがタラップを下りきらないうちに抱きつき、キスを交わした。
「Kiss」という英語。続いて、キスの直後に曽我さんが漏らした日本語の「ごめん」。横で涙を流す美花さんに言った朝鮮語の「ミアン(ごめん)」。ブリンダさんの「オンマ(お母さん)」。曽我さんの背後に回り込んだ男性職員はノートに英語、日本語、ハングルを短く刻んだ。同僚もその瞬間をビデオに収めることに成功した。
曽我さんの帰国以来、表には出ずに支え続けてきた2人の脳裏には、その時、同じ思いが浮かんでいた。5月22日の日朝首脳会談の直後、再会がかなわなかった落胆をかろうじて抑えて、気丈に記者会見に臨んだ曽我さんの姿だ。
〈とうとう会えたんだ〉
男性職員は涙をこらえ、「とにかく必死でメモを取った」と振り返る。
2人が記録したその瞬間と一家の言葉は、世界のメディアが一斉に報じ、米国の高官も「感動的だった」とコメントした。
男性職員は、翌朝、一家再会を伝える地元英字紙の一面トップ記事に目を通しながらつぶやいた。
「よかったですね、曽我さん」(読売新聞)
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.