新潟日報の膨大な「拉致」シリーズ−終了
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/07/03 22:42 投稿番号: [141342 / 232612]
03年11月15日から開始し、半年以上続いた、
「新潟日報」の拉致シリーズ。
現在までに特定失踪者の件も含めて、
14テーマになっているが、これで終わったとのこと。
写真なんかもあり、拉致問題の完全解決までは、
リンク切れにはなってほしくない。
http://www.niigata-nippo.co.jp/rensai/rati.index.html
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横田めぐみさんで始まった特集は横田さんで終わっている。
涙を禁じ得ない・・・一体、人の命と人生を何だと思っているのだ。
最後の記事(↓)
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http://www.niigata-nippo.co.jp/cgi-bin1/sptopic/index.cgi?n=44
夢枕のめぐみ」− 失意の中、救出祈る
時の重みを両親実感
「ついこの間まで、めぐみが、大事そうにほおずりしていた気がするのに…」。6月中旬、横田めぐみさんの母早紀江さん(68)は、川崎市の自宅の押し入れの奥から久しぶりに出した少女人形を見つめてつぶやいた。
1976年に横田さん一家が新潟に転勤する前、広島の友人が「ヨコ(めぐみさんの愛称)、大事にしてね」とくれた人形だ。
茶色の帽子をめくると、鮮やかなだいだい色。表はくすんでいるのに。「いつの間にかこんなに変わっていたの」。めぐみさんが拉致されて26年。なお解決できない「時間の重み」を早紀江さんはあらためて実感した。
小泉純一郎首相の再訪朝決定が報じられた5月14日。父滋さん(71)は、期待と不安が交錯した。トップが何度も行くわけにはいかない。「よほど自信があるのだろうか」
早紀江さんも動揺を静めるのに必死だった。過度な期待はせず、「中くらいの気持ちでいよう」と自身に言い聞かせた。
再訪朝の数日前、めぐみさんの夢を見た。場面は京都の早紀江さんの実家。がらりと玄関を開けて「ただいま」とめぐみさんが入る。声をかけると「元気、元気」と明るい返事。行水を手伝うと、背中にはたくさんのかさぶたがあった。孫娘キム・ヘギョンさん(16)らしき子どもが四つんばいで、こちらを向いている。
「不思議な夢。ひょっとしたらめぐみが、ヘギョンちゃんを連れて帰ってくる。やはり、期待が大きくなっていたのでしょうか」
22日、期待はもろくも崩れ去った。「最強カード」の首相再訪朝なのに、安否不明者の具体的情報はゼロ。温厚な滋さんも会見で「最悪の結果」と悔しさをにじませた。
早紀江さんは、結果より、会談が一時間半で終わったことにあぜんとした。
「どれだけ本気になって『返せ』という家族の思いを伝えてくれたのか」
翌23日、横田夫妻は、新潟市で開かれれた「拉致・北朝鮮を考える県民シンポジウム」で講演した。会場で大きな拍手に包まれた。「落胆の中、随分励まされる思いがした」(滋さん)。だが深夜、再び落胆した。自宅に戻るとファクスが何通も届いていた。
「首相へのねぎらいがない」「感謝しろ」
首相批判に対する非難だった。匿名で文体は似ていた。他の家族にも同様の中傷が相次いだ。「何か意図的なものだろうか」。滋さんは疑念を募らせた。
早紀江さんはショックで数日間、思うように声が出なくなった。「いつまで生きられるか分からない。時間切れになることを望む大きな力が働いてるのでしょうか」
■ □ ■
6月24日、都内のチャペルで開かれた「祈りの会」。新潟時代からの早紀江さんの友人、真保節子さん(71)=千葉市=は、被害者の早期救出と同時に「家族が先に倒れないように」と祈った。携帯電話から時々「疲れた」と声が漏れる。早紀江さんの弱音が増えたことが気がかりだった。
それでも夫妻は連日、全国を飛び回る。滋さんは「世論の関心がなくなれば終わってしまう。続けるほかないんです」と語る。
失意の早紀江さんも同じ気持ちだ。「試練かもしれないが、めぐみの方はもっともっとつらい思いをしているに違いない。今も日本の方角の空を見つめて泣いているかもしれない。私たちは救い出します。最後まで、あきらめません」
(昨年11月に始まった企画連載「拉致・北朝鮮」は今シリーズで終了しました。今後も北朝鮮による拉致問題の全面解決まで追及・検証取材は続けます)
「新潟日報」の拉致シリーズ。
現在までに特定失踪者の件も含めて、
14テーマになっているが、これで終わったとのこと。
写真なんかもあり、拉致問題の完全解決までは、
リンク切れにはなってほしくない。
http://www.niigata-nippo.co.jp/rensai/rati.index.html
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横田めぐみさんで始まった特集は横田さんで終わっている。
涙を禁じ得ない・・・一体、人の命と人生を何だと思っているのだ。
最後の記事(↓)
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http://www.niigata-nippo.co.jp/cgi-bin1/sptopic/index.cgi?n=44
夢枕のめぐみ」− 失意の中、救出祈る
時の重みを両親実感
「ついこの間まで、めぐみが、大事そうにほおずりしていた気がするのに…」。6月中旬、横田めぐみさんの母早紀江さん(68)は、川崎市の自宅の押し入れの奥から久しぶりに出した少女人形を見つめてつぶやいた。
1976年に横田さん一家が新潟に転勤する前、広島の友人が「ヨコ(めぐみさんの愛称)、大事にしてね」とくれた人形だ。
茶色の帽子をめくると、鮮やかなだいだい色。表はくすんでいるのに。「いつの間にかこんなに変わっていたの」。めぐみさんが拉致されて26年。なお解決できない「時間の重み」を早紀江さんはあらためて実感した。
小泉純一郎首相の再訪朝決定が報じられた5月14日。父滋さん(71)は、期待と不安が交錯した。トップが何度も行くわけにはいかない。「よほど自信があるのだろうか」
早紀江さんも動揺を静めるのに必死だった。過度な期待はせず、「中くらいの気持ちでいよう」と自身に言い聞かせた。
再訪朝の数日前、めぐみさんの夢を見た。場面は京都の早紀江さんの実家。がらりと玄関を開けて「ただいま」とめぐみさんが入る。声をかけると「元気、元気」と明るい返事。行水を手伝うと、背中にはたくさんのかさぶたがあった。孫娘キム・ヘギョンさん(16)らしき子どもが四つんばいで、こちらを向いている。
「不思議な夢。ひょっとしたらめぐみが、ヘギョンちゃんを連れて帰ってくる。やはり、期待が大きくなっていたのでしょうか」
22日、期待はもろくも崩れ去った。「最強カード」の首相再訪朝なのに、安否不明者の具体的情報はゼロ。温厚な滋さんも会見で「最悪の結果」と悔しさをにじませた。
早紀江さんは、結果より、会談が一時間半で終わったことにあぜんとした。
「どれだけ本気になって『返せ』という家族の思いを伝えてくれたのか」
翌23日、横田夫妻は、新潟市で開かれれた「拉致・北朝鮮を考える県民シンポジウム」で講演した。会場で大きな拍手に包まれた。「落胆の中、随分励まされる思いがした」(滋さん)。だが深夜、再び落胆した。自宅に戻るとファクスが何通も届いていた。
「首相へのねぎらいがない」「感謝しろ」
首相批判に対する非難だった。匿名で文体は似ていた。他の家族にも同様の中傷が相次いだ。「何か意図的なものだろうか」。滋さんは疑念を募らせた。
早紀江さんはショックで数日間、思うように声が出なくなった。「いつまで生きられるか分からない。時間切れになることを望む大きな力が働いてるのでしょうか」
■ □ ■
6月24日、都内のチャペルで開かれた「祈りの会」。新潟時代からの早紀江さんの友人、真保節子さん(71)=千葉市=は、被害者の早期救出と同時に「家族が先に倒れないように」と祈った。携帯電話から時々「疲れた」と声が漏れる。早紀江さんの弱音が増えたことが気がかりだった。
それでも夫妻は連日、全国を飛び回る。滋さんは「世論の関心がなくなれば終わってしまう。続けるほかないんです」と語る。
失意の早紀江さんも同じ気持ちだ。「試練かもしれないが、めぐみの方はもっともっとつらい思いをしているに違いない。今も日本の方角の空を見つめて泣いているかもしれない。私たちは救い出します。最後まで、あきらめません」
(昨年11月に始まった企画連載「拉致・北朝鮮」は今シリーズで終了しました。今後も北朝鮮による拉致問題の全面解決まで追及・検証取材は続けます)
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.