>>>朝鮮学校の生徒が
投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/06/29 21:40 投稿番号: [140633 / 232612]
>サルから人類に進化したのは約300万年前。
朝鮮人と日本人に別れたのは、ほんの2000年前くらいですし、それ以降も交流があります。
兄弟のような民族ですから、仲良くしましょう。
冷静になりなさい。
以下をどうぞ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835563&tid=4z9qa4offckdca4ka4dea4bfbcubaaa47a4m a4c0a4ha45&sid=1835563&mid=22163
司馬遼太郎の小説、「坂の上の雲」のなかから抜粋。
「明治日本」というのは考えてみれば漫画として理解した方が早い。
すくなくとも、列強はそうみた。ほんの二十余年前までは腰に大小をはさみ、
東海道を二本のすねで歩き、世界じゅうのどの国にもない髷と独特の民族衣装を身につけていたこの国民が、
いまはまがりなりにも、西洋式の国会をもち、ドイツ式の陸軍とイギリス式の海軍をもっていた。
「猿まね」と西洋人はわらった。模倣を猿というならば、
相互模倣によって発達したヨーロッパ各国民こそ老舗のふるい猿であるにちがいなかったが、
しかし猿仲間でも新店の猿はわらいものになるのであろう。
自分こそ猿でなく、世界の中華であると思っている清国は清国で日本人の欧化を軽蔑していた。
もっとも日本人を軽蔑したのは、大清帝国の文明を信じ、その属邦でありつづけようとする朝鮮であった。
朝鮮は日本に対し、「倭人なるものは唾棄すべきことにおのれの風俗をすてた」
というそれだけの理由で日本を嫌悪し、日本の使節を追い返したことさえある。
明治初年の征韓論は、そういう、双方のこどもじみた感情問題が、口火になった。
いずれにしても、維新後国をあげて欧化してしまった日本と日本人は、
先進国家から見れば漫画にみえ、アジアの隣国からは笑止な、小面憎い存在としてしかみえず、
どちらの側からも愛情や好意はもたれなかった。
しかし、当の日本と日本人だけは、大まじめであった。
産業技術と軍事技術は、西洋からは四百年おくれていた。それを一挙にまねることによって、
できれば一挙に身につけ、それによって西洋同様の富国強兵のほまれを得たいと思った。
いや、ほまれというようなゆとりのある心情ではなく、
西洋を真似て西洋の力を身につけねば中国同様の亡国寸前の状態になるとおもっていた。
日本のこのおのれの過去をかなぐりすてたすさまじいばかりの西洋化には、
日本帝国の存亡が賭けられいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これですよ。朝鮮人の反日の原点。
必死の思いで西洋化を成しとげた日本人。
危機感の欠如から出来なかった朝鮮人。
尤も、危機感があっても出来たかどうかは疑わしいですね。
当時の朝鮮人の価値観は物書きが一番、物造りや商売などは卑しいとした価値観ですからね。
日本は物造りを尊ぶとか匠の精神とか素晴らしい価値観があったことが幸いしましたね。
何しろ、蒸気機関など見たこともない、一介の提灯や番傘張の職人が
藩の命を受け長崎の出島に出向き
ねずみのように転げまわり絵図を描いてそれを元に作っていじくり回して
とうとう蒸気機関を作り上げてしまったのですね。
ペリーが浦賀沖にやってきてから僅か6年後のことでした。
これは伊予、宇和島藩、伊達の黒船として有名です。
当時の日本人の凄さがひしひしと伝わって来ますね。
何と云っても、白人の文明の象徴でもあった蒸気機関を作り上げてしまった初めての有色人種ですからね。
この差は今でも歴然と残っていますね。
朝鮮人たちはこのだらしない歴史をなんとか消そうと必死なんですね。
歴史を改竄し、朝鮮の都合のよい歴史を日本に押し付ける。
それが朝鮮人の言う歴史の共有なんですね。
朝鮮人たちのあさましさには、ほとほと呆れますね。
歴史の共有なんぞ、出来ないですよ。
朝鮮人と日本人に別れたのは、ほんの2000年前くらいですし、それ以降も交流があります。
兄弟のような民族ですから、仲良くしましょう。
冷静になりなさい。
以下をどうぞ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835563&tid=4z9qa4offckdca4ka4dea4bfbcubaaa47a4m a4c0a4ha45&sid=1835563&mid=22163
司馬遼太郎の小説、「坂の上の雲」のなかから抜粋。
「明治日本」というのは考えてみれば漫画として理解した方が早い。
すくなくとも、列強はそうみた。ほんの二十余年前までは腰に大小をはさみ、
東海道を二本のすねで歩き、世界じゅうのどの国にもない髷と独特の民族衣装を身につけていたこの国民が、
いまはまがりなりにも、西洋式の国会をもち、ドイツ式の陸軍とイギリス式の海軍をもっていた。
「猿まね」と西洋人はわらった。模倣を猿というならば、
相互模倣によって発達したヨーロッパ各国民こそ老舗のふるい猿であるにちがいなかったが、
しかし猿仲間でも新店の猿はわらいものになるのであろう。
自分こそ猿でなく、世界の中華であると思っている清国は清国で日本人の欧化を軽蔑していた。
もっとも日本人を軽蔑したのは、大清帝国の文明を信じ、その属邦でありつづけようとする朝鮮であった。
朝鮮は日本に対し、「倭人なるものは唾棄すべきことにおのれの風俗をすてた」
というそれだけの理由で日本を嫌悪し、日本の使節を追い返したことさえある。
明治初年の征韓論は、そういう、双方のこどもじみた感情問題が、口火になった。
いずれにしても、維新後国をあげて欧化してしまった日本と日本人は、
先進国家から見れば漫画にみえ、アジアの隣国からは笑止な、小面憎い存在としてしかみえず、
どちらの側からも愛情や好意はもたれなかった。
しかし、当の日本と日本人だけは、大まじめであった。
産業技術と軍事技術は、西洋からは四百年おくれていた。それを一挙にまねることによって、
できれば一挙に身につけ、それによって西洋同様の富国強兵のほまれを得たいと思った。
いや、ほまれというようなゆとりのある心情ではなく、
西洋を真似て西洋の力を身につけねば中国同様の亡国寸前の状態になるとおもっていた。
日本のこのおのれの過去をかなぐりすてたすさまじいばかりの西洋化には、
日本帝国の存亡が賭けられいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これですよ。朝鮮人の反日の原点。
必死の思いで西洋化を成しとげた日本人。
危機感の欠如から出来なかった朝鮮人。
尤も、危機感があっても出来たかどうかは疑わしいですね。
当時の朝鮮人の価値観は物書きが一番、物造りや商売などは卑しいとした価値観ですからね。
日本は物造りを尊ぶとか匠の精神とか素晴らしい価値観があったことが幸いしましたね。
何しろ、蒸気機関など見たこともない、一介の提灯や番傘張の職人が
藩の命を受け長崎の出島に出向き
ねずみのように転げまわり絵図を描いてそれを元に作っていじくり回して
とうとう蒸気機関を作り上げてしまったのですね。
ペリーが浦賀沖にやってきてから僅か6年後のことでした。
これは伊予、宇和島藩、伊達の黒船として有名です。
当時の日本人の凄さがひしひしと伝わって来ますね。
何と云っても、白人の文明の象徴でもあった蒸気機関を作り上げてしまった初めての有色人種ですからね。
この差は今でも歴然と残っていますね。
朝鮮人たちはこのだらしない歴史をなんとか消そうと必死なんですね。
歴史を改竄し、朝鮮の都合のよい歴史を日本に押し付ける。
それが朝鮮人の言う歴史の共有なんですね。
朝鮮人たちのあさましさには、ほとほと呆れますね。
歴史の共有なんぞ、出来ないですよ。
これは メッセージ 140631 (konekochan03 さん)への返信です.