今日の産経抄
投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/06/27 16:47 投稿番号: [140410 / 232612]
今から百年前の明治三十七年、貴族院議員の金子堅太郎は日露開戦を受けて米国に渡った。留学時代の学友、T・ルーズベルト大統領らと接触し、ロシアとの戦争でアメリカの支援をとりつけるためである。実力者、伊藤博文の指示だった。
▼ルーズベルトは金子を歓迎し、腹を割って話し合った。その結果が米国の調停による講和に結びついたのだった。それから七十数年後、金子と同じように米国の懐に飛び込み、危機にあった日米関係を救ったのが、今度の参院選で政界を引退する椎名素夫氏である。
▼衆院当選二回のころ、首相になったばかりの中曽根康弘氏からレーガン大統領との首脳会談の地ならしを頼まれた。友人の米政府関係者と会い「貿易摩擦より日米の同盟強化が大切だ」と説き、「ロン・ヤス蜜月」ばかりでなく、その後の日米関係の基礎をきずいたのだ。
▼椎名氏はその後自民党を離れたこともあって、外交の表舞台に立つことは、ほとんどなかった。しかし、米国側は日米のパイプ役としての椎名氏の存在を忘れてはいなかった。昨年、国務省の最高位の賞である「特別功労賞」をプレゼントしたのである。
▼ところが、引退に当たっての産経新聞のインタビューでは、「あれは僕がやった、という仕事はない」と自らの功績に一切触れなかった。「仕事をやろうと思ったら自分のラベルを張るな。人のラベルを張れ」という父の教えがあるからだという。椎名悦三郎元外相のことだ。
▼外交で黒子役が黒子に徹することの大切さ、とりわけ最近の日露交渉や日朝交渉に対する警告でもあろう。それにしても胸のすくような引きぎわである。
http://www.sankei.co.jp/news/column.htm>引退に当たっての産経新聞のインタビューでは、「あれは僕がやった、という仕事はない」と自らの功績に一切触れなかった。
>政治家が功名心にかられてしゃしゃり出ることの愚かさ、危うさをみごと示している。
大福戦争後の椎名裁定と言うの、今で言う密室決定でしょうね。
しかし、骨のあるお方だったようです。
まさしく「功名心にかられた」官僚・政治屋に言うて聞かせたい。
これは メッセージ 140407 (ringo_pie03 さん)への返信です.
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