トピズレ>大津事件
投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/06/26 00:31 投稿番号: [140172 / 232612]
明治34年(1891年)5月11日、滋賀県大津町小唐崎(現大津市京町2丁目、滋賀県庁付近)で警備の巡査がサーベルを振り下ろした相手は、ロシアの皇太子ニコライ二世。
巡査の名は津田三蔵。
藤堂藩の藩医の次男として生まれ、軍隊に入り西南戦争に出征、後巡査になった。
事件のきっかけは三井寺を見物したニコライの一行の中の外国人二人が、西南戦争の戦死者を慰霊する記念碑の柵に腰を下ろした。
西南戦争を戦った津田三蔵には堪忍ならないことであったのだろうか。
大津第九連隊の兵士も大勢戦死していたので、建立された記念碑の柵に腰を下ろす外国人・・・
日本の靖国にいちゃもんをつける害人たちも居るのだが。
今の世を津田三蔵が見たら、どう思うだろう。靖国に赤ペンキを撒いた中国人とかって?
当然津田三蔵は逮捕され、当時の大審院は政治からの中立を果たした。
ニコライへの不敬罪を皇室並にせよと、大国ロシアを怖れる政府は圧力を加えたが、法治主義を貫いて突っぱねた。
津田三蔵は普通に?無期、北海道の集治監送りで4ヵ月後、急性肺炎で亡くなった。
伊藤博文は1909(明治42)年10月26日
ハルビン駅で韓国人・安重根の銃撃を受けて亡くなった。
どちらもテロ。
しかし、日本は昔から冷静だなあと思う。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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