【金日成 秘密教示】(2)−(上)
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/06/23 23:30 投稿番号: [139814 / 232612]
【金日成
秘密教示】(2)工作拡大「日本は黄金の漁場」( 6/23)
北朝鮮平壌の北、リョンソン地区に敷地約三百万坪の工作員養成機関「金日成
政治軍事大学」がある。元工作員A氏(六八)はここで「指導核心班」の一員とし
て教育を受け、金日成秘密教示をたたき込まれた。
「指導核心班」とは工作員のリーダー的役割を担い、韓国での地下党組織化など
の任務に就くため徹底的な理論武装と合法、非合法活動のノウハウ、射撃、水泳な
ど特殊訓練を受ける幹部工作員のことだ。
大学の構内でもサングラスをかけてマスクをし傘をさして歩く。互いに顔を知ら
れないためだ。放射線状に小部屋になった講義室で、工作員たちはお互いの顔を見
ずに同じ講義を聴いた。
A氏は革命理論、戦争準備、南北対話、統一戦線工作など対南工作のための秘密
教示の一言一句を暗記した。A氏の証言による対日工作の教示の一部はこうだ。
『帰国同胞たち(北朝鮮への帰還運動により日本から万景峰号で北へ帰国した人
々)には、日本だけでなく南朝鮮(韓国)に縁故関係を持つ人間が多い。彼らの家
族、親戚(しんせき)を利用すれば在日同胞の身分を獲得して南朝鮮に故郷訪問と
いうかたちでいつでも合法的に南朝鮮に浸透できる』(1976年8月、対南担当
要員との談話)
日本を経由した北朝鮮の対南工作、対南浸透は「迂回(うかい)工作」と呼ばれ
るが、そのなかで最も有名な事件は一九七四年八月十五日の「文世光事件」だ。在
日韓国人青年の文世光が日本の旅券で韓国に渡り、「光復節」(日本からの植民地
解放記念日)で演説中の朴正煕大統領を狙撃、弾丸は大統領をそれたが陸英修夫人
に命中、夫人が死亡した。文はその場で逮捕され、裁判では起訴事実を全面的に認
めた。
同年十月の死刑が言い渡された判決文。『(文世光被告は)七四年五月四日、大
阪港に停泊中の北朝鮮工作船「万景峰号」に乗船し、氏名不詳四十七歳ぐらいの北
朝鮮工作指導員と会い、「朴大統領暗殺は金日成主席の指示である」との指令を受
けた』。刑は同年十二月に執行された。
A氏は万景峰号についてこう話す。
「南朝鮮革命のための活動の一部として万景峰号は使われた。船倉から工作員が
潜水具で脱出するのは簡単だった。七〇年代、日本はスパイへの警戒は全くなかっ
た」
北朝鮮による日本人拉致は、スパイ教育の日本語教師や日本人旅券などが目的の
「迂回工作」の一部だったが七〇年代後半に集中している。久米裕さん(七七年九
月)▼横田めぐみさん(七七年十一月)▼地村保志さん・浜本富貴恵さん(七八年
七月)▼蓮池薫さん・奥土祐木子さん(七八年七月)▼市川修一さん(七八年八月
)▼増元るみ子さん(七八年八月)。
これは七〇年代前半に朴正煕政権が北朝鮮の対南工作摘発を数多く行ったことで
韓国国民による「スパイ通報」が急増したことや、朝鮮戦争時代からの北朝鮮の潜
伏工作員が高齢化したことなどから「迂回工作」が増えた結果だった。
故金日成主席は教示でこう述べている。
『日本からの(北朝鮮への)旅行者や留学生のなかには共和国に憧憬(しようけ
い)を持っている者も多い…日本は、迂回浸透工作を拡大することのできる黄金の
漁場なのだ』(1983年12月、対南担当要員との談話)
(→next)
http://www.startingweb.com/bbs.cgi?job=view&bbsid=3842&mid=6355
※どうもサンケノイのWebには載っていないようなので、
拉致連絡版から勝手にいただきました。
北朝鮮平壌の北、リョンソン地区に敷地約三百万坪の工作員養成機関「金日成
政治軍事大学」がある。元工作員A氏(六八)はここで「指導核心班」の一員とし
て教育を受け、金日成秘密教示をたたき込まれた。
「指導核心班」とは工作員のリーダー的役割を担い、韓国での地下党組織化など
の任務に就くため徹底的な理論武装と合法、非合法活動のノウハウ、射撃、水泳な
ど特殊訓練を受ける幹部工作員のことだ。
大学の構内でもサングラスをかけてマスクをし傘をさして歩く。互いに顔を知ら
れないためだ。放射線状に小部屋になった講義室で、工作員たちはお互いの顔を見
ずに同じ講義を聴いた。
A氏は革命理論、戦争準備、南北対話、統一戦線工作など対南工作のための秘密
教示の一言一句を暗記した。A氏の証言による対日工作の教示の一部はこうだ。
『帰国同胞たち(北朝鮮への帰還運動により日本から万景峰号で北へ帰国した人
々)には、日本だけでなく南朝鮮(韓国)に縁故関係を持つ人間が多い。彼らの家
族、親戚(しんせき)を利用すれば在日同胞の身分を獲得して南朝鮮に故郷訪問と
いうかたちでいつでも合法的に南朝鮮に浸透できる』(1976年8月、対南担当
要員との談話)
日本を経由した北朝鮮の対南工作、対南浸透は「迂回(うかい)工作」と呼ばれ
るが、そのなかで最も有名な事件は一九七四年八月十五日の「文世光事件」だ。在
日韓国人青年の文世光が日本の旅券で韓国に渡り、「光復節」(日本からの植民地
解放記念日)で演説中の朴正煕大統領を狙撃、弾丸は大統領をそれたが陸英修夫人
に命中、夫人が死亡した。文はその場で逮捕され、裁判では起訴事実を全面的に認
めた。
同年十月の死刑が言い渡された判決文。『(文世光被告は)七四年五月四日、大
阪港に停泊中の北朝鮮工作船「万景峰号」に乗船し、氏名不詳四十七歳ぐらいの北
朝鮮工作指導員と会い、「朴大統領暗殺は金日成主席の指示である」との指令を受
けた』。刑は同年十二月に執行された。
A氏は万景峰号についてこう話す。
「南朝鮮革命のための活動の一部として万景峰号は使われた。船倉から工作員が
潜水具で脱出するのは簡単だった。七〇年代、日本はスパイへの警戒は全くなかっ
た」
北朝鮮による日本人拉致は、スパイ教育の日本語教師や日本人旅券などが目的の
「迂回工作」の一部だったが七〇年代後半に集中している。久米裕さん(七七年九
月)▼横田めぐみさん(七七年十一月)▼地村保志さん・浜本富貴恵さん(七八年
七月)▼蓮池薫さん・奥土祐木子さん(七八年七月)▼市川修一さん(七八年八月
)▼増元るみ子さん(七八年八月)。
これは七〇年代前半に朴正煕政権が北朝鮮の対南工作摘発を数多く行ったことで
韓国国民による「スパイ通報」が急増したことや、朝鮮戦争時代からの北朝鮮の潜
伏工作員が高齢化したことなどから「迂回工作」が増えた結果だった。
故金日成主席は教示でこう述べている。
『日本からの(北朝鮮への)旅行者や留学生のなかには共和国に憧憬(しようけ
い)を持っている者も多い…日本は、迂回浸透工作を拡大することのできる黄金の
漁場なのだ』(1983年12月、対南担当要員との談話)
(→next)
http://www.startingweb.com/bbs.cgi?job=view&bbsid=3842&mid=6355
※どうもサンケノイのWebには載っていないようなので、
拉致連絡版から勝手にいただきました。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.