小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

> >>横から失礼>>脅迫だから

投稿者: kuecoe 投稿日時: 2004/06/10 20:17 投稿番号: [137251 / 232612]
>>もし、伊藤博文さんが暗殺されなければ、こんな失敗はしていなかったと思います。
>伊藤博文のやり方がまずかったから、禍根を残したんでしょうよ。
あせらず、やってりゃよかったのに。

伊藤博文は併合慎重派の代表ですよ(笑)。
当時日本にいた山県有朋を代表とする併合強硬派を抑えるために伊藤博文は、自ら統監として韓国に赴いていた。
いくら強硬派の勢いが強くても、明治政府の重鎮である伊藤をさしおいて韓国を併合することはできません。伊藤が韓国の統監である限り、大韓帝国は存続できるはずでした。
しかし、頭の悪い安重根などという朝鮮人テロリストが伊藤を暗殺したため両派のバランスが大きく崩れ併合へと流れたのですよ、知ってます?

ちなみに、伊藤博文の言葉、
「およそ国家は、自ら、独立する要素がなくて、単に、他国に寄りかかっているだけで、立っていけるものではない 。
今日のままで進むとすれば、韓国を亡ぼすものは、他国ではなく、韓国自身ではなかろうか。故に諸君は、反覆表裏なく、専心一意、韓国のために謀らなければならない。日本は諸君を助けて、韓国を独立させるよう尽力しつつある。」



将来いつか、韓国人が歴史について正しい見方を持つようになったら伊藤博文は朝鮮と日本を通じ近代化の父として賞賛を受けるだろう。
そして安重根の行為はつまらない守旧民族主義として非難を受けるようになるだろう

(中略)

また伊藤が安重根に殺害されたあと朝鮮8道の儒学者の代表が一堂に会し、伊藤の治績を称える集会を開き、銅像を建立した。
そして謝罪団を結成して鞭を持って日本に渡り、鞭で打たれることを自ら望んだという。
当時、カトリック教朝鮮大教区のミューテル主教が日記で伊藤を賞賛しながら
最後に安重根の「告白」「病者の塗油」「許しの秘跡」(いずれもキリスト教の
儀式を拒否した事実から、私たちは当時の朝鮮人の伊藤博文に対する感情が今日のものとは大きく異なる事を推し量れるのである。
実際、日露戦争後、伊藤博文が朝鮮を訪問したとき、朝鮮では全ての政治家と官僚が歓迎団を作り仁川港まで出迎えに行った。
仁川から京城までの沿道では多くの朝鮮人が伊藤博文を歓迎した。
それほど彼は朝鮮でも人気のある政治家であったのだ。

(キムワンソプの連載より    sapio11/27号)
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)