>>日本も地に落ちたものですね
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/06/08 20:35 投稿番号: [136749 / 232612]
>現在日本がアメリカに吸収されていようとも、中国に吸収されていようとも。。。
世界中が中国に投資をしているが、米日台の投資は特に熱烈ヒート。
<日中関係は米中関係>を思います。
どこかにありましたが、胡主席の登場で米中関係は名実とも史上最良の関係にあるのでしょうか。
「米日台の投資は特に熱烈ヒート」すればするほど、中国は否応無しに世界に急速に組み込まれていくわけですが、高度成長の牽引08年の北京五輪&10年の上海万博の後はどうなるだろうかという大きな懸案あります。
先日「チャイナ・ショック」がありましたが、中国発のもっと大きなショックが世界を揺るがすかも。
日本は今からそのことを考えておいた方がよいのかも。
>文化とは継承されてこそ命が在ると思います。欧米の工作員、失礼、客家孫文+毛共産イデオロギ+文革命等で中国の文化は死に絶え、民衆は雪原に撒かれた貨幣を争って奪い合い、結果、雪原という文化はその”狼藉”で消えた。
毛沢東の天安門での共産主義革命宣言が1949年10月、今日まで半世紀でしかありません。
仮に3千年とされる歴史の中でも、50年の共産主義体制はそうそう中国の文化を根本から変えたりはできません。
しかも中国の共産主義は、当初はソ連からの指令で失敗の連続だったですが、毛沢東が中国の条件を巧みに取り入れて勢力を拡大し、権力を握ってしまった。
「拝金主義」はむしろ昔の姿に戻ったのであり、本来の姿になっただけ。
毛沢東は白地に好きな絵を描くように、文化大革命で人間を根本から“共産主義的人民“にしたかったのではないか(と個人的思っていますが)、そういうことは中国の伝統からみると”異和感“が多く表面的にしか受け入れられなかったし、今はその残滓も残っていません。
現在の中国人にとって、あれは忌まわしき出来事になっています。
もっともこのようなイデオロギーを受け入れる民族なんていないのではないですか(例:北朝鮮・キューバ然り)。
日本に“和魂洋才”という言葉があれば、中国にも“西体中用”という言葉がありました。
清末の開国思想の概念ですが、改革開放のなかこれが姿を変えて復活し、実質これが国家をあげて遂行されているとみることもできるのではないでしょうか。
(ちょっと保守的過ぎるか)
日本には日本的資本主義があるように、中国には中国的資本主義があるようで、それは米国が進めるグローバリズムとはまた異なるものでしょう。
注意しなければならないのは、中国の方が日本よりも米国に近いドライなメンタリティを持っていますから、日本がある時に「アーレ、こんなはずじゃ無かった」ということになりかねないケースがあるかも。
>不思議な事にアジアの人たちが最もこの何千年の侵略や細切れ政権歴史を持つ死んだ中国文化の時代錯誤の幻影に酔わされる。
全く別次元の新生文化の新生中国の本質をなぜ理解しようと試みないのでせう。
少なくとも日本人にはかなり難しいのではないでしょうか。
中国に行けばどれだけ現代的に変貌していようと、西欧との違いを思い、日本と共通のもの・共通でないものを発見し、その歴史的経緯に思いをはせます。
そのような枠組みの中で中国を理解しようとします。
でも「全く別次元の新生文化の新生中国の本質」というのは、全くこれまでに無かった視点で、“はっと”しました。
私流に言わせてもらえば、このような要素も昔からの伝統の中で捉えようとしていたところですが。
現代は、個々のビジネスの会話に、「日中友好」の4文字は皆無かも。
>”和魂”を時代と共に移ろう欧米風の御衣装に包んで精神の独立国家を密かに維持しながら、現代のトレンドを走る日本国は世界でも稀ではないでしょうか。
日本はそのとおりだと思いますが、他の世界の国々&地域も民族・宗教・言語という枠というか共通項の中で、意識・無意識でも自らの伝統的文化を習い担い伝え(=再生産)、そこに「居心地良さ」を見つけて暮らしているのではないでしょうか。
もしそこに居心地良さが無くなれば、その文化は消えていくだけだと思います。
それは国家が推奨したり抑圧したりすべきものではなく、“気が移ろい易い”国民個々が担い結果としてそれを決めていくものだと思います。
世界中が中国に投資をしているが、米日台の投資は特に熱烈ヒート。
<日中関係は米中関係>を思います。
どこかにありましたが、胡主席の登場で米中関係は名実とも史上最良の関係にあるのでしょうか。
「米日台の投資は特に熱烈ヒート」すればするほど、中国は否応無しに世界に急速に組み込まれていくわけですが、高度成長の牽引08年の北京五輪&10年の上海万博の後はどうなるだろうかという大きな懸案あります。
先日「チャイナ・ショック」がありましたが、中国発のもっと大きなショックが世界を揺るがすかも。
日本は今からそのことを考えておいた方がよいのかも。
>文化とは継承されてこそ命が在ると思います。欧米の工作員、失礼、客家孫文+毛共産イデオロギ+文革命等で中国の文化は死に絶え、民衆は雪原に撒かれた貨幣を争って奪い合い、結果、雪原という文化はその”狼藉”で消えた。
毛沢東の天安門での共産主義革命宣言が1949年10月、今日まで半世紀でしかありません。
仮に3千年とされる歴史の中でも、50年の共産主義体制はそうそう中国の文化を根本から変えたりはできません。
しかも中国の共産主義は、当初はソ連からの指令で失敗の連続だったですが、毛沢東が中国の条件を巧みに取り入れて勢力を拡大し、権力を握ってしまった。
「拝金主義」はむしろ昔の姿に戻ったのであり、本来の姿になっただけ。
毛沢東は白地に好きな絵を描くように、文化大革命で人間を根本から“共産主義的人民“にしたかったのではないか(と個人的思っていますが)、そういうことは中国の伝統からみると”異和感“が多く表面的にしか受け入れられなかったし、今はその残滓も残っていません。
現在の中国人にとって、あれは忌まわしき出来事になっています。
もっともこのようなイデオロギーを受け入れる民族なんていないのではないですか(例:北朝鮮・キューバ然り)。
日本に“和魂洋才”という言葉があれば、中国にも“西体中用”という言葉がありました。
清末の開国思想の概念ですが、改革開放のなかこれが姿を変えて復活し、実質これが国家をあげて遂行されているとみることもできるのではないでしょうか。
(ちょっと保守的過ぎるか)
日本には日本的資本主義があるように、中国には中国的資本主義があるようで、それは米国が進めるグローバリズムとはまた異なるものでしょう。
注意しなければならないのは、中国の方が日本よりも米国に近いドライなメンタリティを持っていますから、日本がある時に「アーレ、こんなはずじゃ無かった」ということになりかねないケースがあるかも。
>不思議な事にアジアの人たちが最もこの何千年の侵略や細切れ政権歴史を持つ死んだ中国文化の時代錯誤の幻影に酔わされる。
全く別次元の新生文化の新生中国の本質をなぜ理解しようと試みないのでせう。
少なくとも日本人にはかなり難しいのではないでしょうか。
中国に行けばどれだけ現代的に変貌していようと、西欧との違いを思い、日本と共通のもの・共通でないものを発見し、その歴史的経緯に思いをはせます。
そのような枠組みの中で中国を理解しようとします。
でも「全く別次元の新生文化の新生中国の本質」というのは、全くこれまでに無かった視点で、“はっと”しました。
私流に言わせてもらえば、このような要素も昔からの伝統の中で捉えようとしていたところですが。
現代は、個々のビジネスの会話に、「日中友好」の4文字は皆無かも。
>”和魂”を時代と共に移ろう欧米風の御衣装に包んで精神の独立国家を密かに維持しながら、現代のトレンドを走る日本国は世界でも稀ではないでしょうか。
日本はそのとおりだと思いますが、他の世界の国々&地域も民族・宗教・言語という枠というか共通項の中で、意識・無意識でも自らの伝統的文化を習い担い伝え(=再生産)、そこに「居心地良さ」を見つけて暮らしているのではないでしょうか。
もしそこに居心地良さが無くなれば、その文化は消えていくだけだと思います。
それは国家が推奨したり抑圧したりすべきものではなく、“気が移ろい易い”国民個々が担い結果としてそれを決めていくものだと思います。
これは メッセージ 136654 (east_jungle3 さん)への返信です.