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舞姫の影

投稿者: masa4618 投稿日時: 2004/06/06 01:50 投稿番号: [135887 / 232612]
日露戦争の話題が出ていますので、他で書いたものですが、書かせていただきます。

あの戦いの、いわば、「内面的な戦い」です。

森鴎外(森林太郎)は陸軍軍医で最高位の陸軍軍医総監に君臨し、「舞姫」などの文学作品でも名前を知らない人は少ないと思います。

彼は帝大卒のドイツ留学(細菌学者の最高峰コッホに師事)というエリート中のエリートでした。その当時、「脚気」が流行し、犠牲者も多く、軍隊で問題になっておりました。現在、ビタミンB1の欠乏による病気だということは、常識ですが、その当時はコッホが脚気の細菌学説を主張していたため、鴎外もそれを信じて疑わなかったのは、いたし方のないことです。

対する海軍軍医総監の高木兼寛(彼は現在の慈恵医大の創始者)は航海実験を繰り返し、当時軍隊の主食であった白米に着目し、「白米群」と「麦飯群」の比較実験を行った。結果、ビタミンB1を豊富に含む「麦飯群」に脚気は皆無であった実験結果より、海軍の主食は麦飯と代わりました。

鴎外は、当時時代遅れであったまた帝大卒ではない高木を激しく攻撃しました。よって陸軍は主食は白米のままの状況が継続されました。

平時は各部隊の軍医が食料を決めていましたが、戦時には陸軍の医務局の管理となるため日清日露・日露戦争の際、主食は白米となったわけです。(日露戦争は海軍は高木の進言で麦飯)

陸軍軍医総監、森林太郎は当時、最高峰のドイツ医学の総本山、コッホの脚気細菌学説を信じて疑わず、「日清戦争」では全部隊に白米を主食として供給して、戦死者453名に対して、脚気による病死者はその10倍の4064名を数えました。

日露戦争では、陸軍の脚気による死者は2万7800名、麦飯に代えた海軍の脚気による死者はなんと「0」でした。

これは「ドイツを模範とした陸軍」と「イギリスを模範とした海軍」という派閥の対立のような図式の中で起きた悲劇ともいえるでしょう。

鴎外は終生、脚気細菌説を撤回せず、高木を認めようとせず、この世を去りました。


その後、ビタミンという物質が発見されたわけです。

日本海軍は、日本陸軍に勝ったということになりますね・・・

しかしながら、本当の相手はどこであったかと・・・


今日のところはこれで失礼致します。おやすみなさい・・・
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