sadatajpさん
投稿者: boobooaction 投稿日時: 2004/06/03 23:39 投稿番号: [135344 / 232612]
>制裁法案への支持がそれでしょう。
あなたが持ち出したリスクの話も繰り返し議論されました。
あなたは知らないと言うかもしれませんが、
制裁法案を整えることと実際に発動するかはまた別でしょう。
リスクに関する議論がなされるのも当然で、俺が言いたいのは「この国のかたち」に関する議論が十分にされているのかというのが一つ。
>国民全員の議論参加と周知徹底は実際問題無理ですので。悪しからず。
そんなことは百も承知。レスするならもう少しよく文章を読んでもらいたい。日本が「議会制」民主主義であるという認識はきちんと表明したつもりだ。
だから、もし経済制裁をするにしても問題が国民全体の生命・財産に関わる以上、どのような思考プロセスを経て出た結論かということを説明する責任が政府にはあるだろう。果たして小泉の口からそれらしい事が出たことあるのか・・。
国家なんてあやふやなもので、そういった確認の積み重ねは絶対に必要だと思うのだが。
>家族会が言ってるはどっちでもありません。
「国民がさらわれたのだから国は救い出す努力をしてくれ」
「国は国民を守れ」と言う事だと理解してます。
この「国」は日本政府だけを指すのでなく主権者たる国民も含めた「国」と理解してます。
それは完全にあなた個人の見解だと思う。彼らの主張は少なくともそのように見えない。
もし、あなたの言う通りなら俺も特に言う事はない。
国は国民を救い出す努力をすべきだし、それを主張する権利も彼らにはある。
ただ、その方法論に関してはあくまで国民の選択によるのではないか?
特に、今回の場合、他の国民の利害も関わっている。
そこは思っていてもあえて自制するのが良心的な理性ではなかったかということを問題提議しようと思っている。
あくまで国民の選択に委ねるべきではなかったのかと。
その上で、国民の総意としてリスクを負う覚悟をすることに関してはなんら否定するつもりはない。
ちなみに、俺は制裁法案への支持がそれにあたるとは思えない。それはあくまでも選択権を確保する意味合いのものではないのだろうか。
>リスクはあるけど何もしない場合もリスクはあります。
そんなことは一言も言っていないのだが・・。
拉致被害者を救い出す努力はすべきだろう。当然。
しかし、そのために国民がどこまでリスクを負うべきかは議論の余地があるし、そのためには国家としての理念のようなものも議論する必要があるのではないかと。
これは メッセージ 135313 (sadatajp さん)への返信です.
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