>先の絵を描いてるから批判
投稿者: kemex2201 投稿日時: 2004/05/31 01:23 投稿番号: [134100 / 232612]
私の描く絵と違っていてもそれはそれで構いません。その意見が建設的なものであるなら「批判する」という姿勢も評価すべきものでしょう。
私は小泉さんは誉めて育てるタイプの人だと思っているので、批判するよりはむしろ小泉さんの描く絵を「あえて深読み」してこちらの意図する方向に運んで行く方が良いという考え方をしています。
これは一種誉め殺しとも言える手法ではありますケド。
例えば誰かが失言をしたとしますね。それは実はこういう意味だよと解説をしてしまうの。そしてその賛同者を増やし、小泉さん頑張れ!という空気にしていく。そうすれば本人もその方向に行かざるを得ないのよ。
小泉さんはかなりのヘソ曲がりです。下手に世論が逆風を向けてしまえば「あえて反発」しかねない人。しかもヒロイズムにひたりながら。
こういう人は誉めて躍らせるのが一番操りやすいのです。アンタが駄目ならすぐに後ろが控えているよ、という意図をちらつかせながら。
残念ながら日本には自民党に対抗出来る政党がありません。だから我々の望む強硬路線の人を絶えず支持しなければなりません。それは私たちにとっての控えのカードであり、我々の真意はそこにあるということは誇示しなければにりません。それを出す前に君には充分に働いてもらうという、前提つきでの小泉支持でよいのです。
感情的な批判は何も産み出せません。冷徹に状況を判断し、全体の絵を見ながら切るべき部分は切っていかなければならない。私はこの事件の被害者に関しては一切切るべきではないと思っています。切ってよい部分ではないと思っています。それは国家の尊厳の根幹に関わる問題であり、だからこそ、この問題に取り組む政治家の姿勢を常に監視し、持ち上げるべきは持ち上げ、斬るべきはばっさりと斬っているのです。
また繰り返しとなりますが、かつて批判というスタンスで対抗した政党は結局何もなしえませんでした。これからもそうでしょう。
それは批判の的がズレているからです。批判のための批判に終始したからです。
私は是認することによって操作することを選びます。その方が特定の方向に向いているだけ物事がまとまりやすく、大きな成果を得られるからです。
スタンスは違っても、何が敵で、何が味方で、最終的にどこを目指しているのかだけはお互い見失わないで行きましょう。
これは メッセージ 134080 (sadatajp さん)への返信です.
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