4つの約束?
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/05/23 06:34 投稿番号: [129238 / 232612]
「最低ライン」というのは、家族会横田会長の「最悪のケース」ではないか。
迫る首相、かわす総書記「最低ライン実現」
格下出迎え、会談90分
五人生存、八人死亡という衝撃的な内容が飛び出した一昨年九月の初の首脳会談に比べ、今回の首脳会談は「最低ライン」(首相周辺)といえる拉致被害者家族五人の帰国が実現したほかは、進展はなかった。なぜ、首相は訪朝に踏み切り、何を目指そうとしたのか。首相の長い一日を追った。
《青のバッジ》
小泉首相 「安否不明とされている十人について真相究明が必要だ」
金総書記 「こっちはちゃんと調査した」
首相 「家族は生きていると信じている」
総書記 「それじゃ白紙にしよう」
改装まもない平壌市郊外の大同江迎賓館の会議場。会談冒頭で首相が取り上げたのは拉致問題だった。首相の胸には拉致問題解決のシンボル「ブルーリボン」をあしらったバッジがつけられていた。首相がこれを着けるのは初めて。前日に拉致被害者の家族会メンバーから細田博之官房長官を通じてもらったものだった。
ただ、会談は一時間半で終了。拉致で突っ込んだやりとりはなかった。金総書記は「家族の気持ちは自分もわかる。今まで調査機関に調査を命じてきたが、早期に徹底的な調査を行う」と約束した。ただ、政府関係者は「前回の会談で拉致を告白した際、不安そうに上目づかいで首相をみながら話したときと比べ、余裕のある発言だな」ともらした。
《“お土産”なし》
「これはまずい…」
二十二日午前、テレビ中継で、平壌の順安空港に小泉首相が乗った政府専用機が降り立った様子を見ていた政府高官は顔をしかめた。出迎えたのは金永日外務次官。平成十四年九月の訪朝時の金永南・最高人民会議常任委員長(序列ナンバー2)に比べ、はるかに格が下の人物だったからだ。
兆候はあった。二十日に衆院通過した有事関連法案に船舶の臨検条項が盛り込まれていることに北朝鮮が態度を硬化させた−との情報は二十一日に官邸にもたらされていた。
<中略>
《4つの約束》
首脳会談で日朝双方が申し合わせたのは(1)人道支援の実施(2)日朝平壌宣言の履行(3)制裁法案は発動しない−という三つの約束。五月四、五の両日、北京で開かれた日朝政府間協議で日本側代表からすでに提案していた内容と「まったく同じ」(外務省筋)だった。これが一時間半の会談につながった。だが、北京での会談で日本側はもう一つの約束をしていた。首相の再訪朝だった。
首相が再訪朝を決断したのは四月二十八日。官邸に呼んだ田中均外務審議官に「私が訪朝してもいい。調整してくれ」と告げた。
首相の決断を促したのは“盟友”の山崎拓前自民党副総裁。山崎氏が四月一、二の両日に訪中し、北朝鮮政府高官に「政府高官」による拉致被害者の出迎えを提案し、北朝鮮はそれまでのかたくなな態度を変えた。
交渉関係者によると、首相は山崎氏や田中氏に加え、側近の飯島勲首相秘書官の持つ北朝鮮ルートを使っていたとされる。
首相の指示を受けて五月初めに北京で田中氏らが会談した相手は鄭泰和・日朝交渉担当大使と宋日昊外務省副局長だった。会談相手を知らされた田中氏は不快感を隠さなかったという。「ミスターX」と呼ばれた交渉ルートと前回の交渉を取り仕切った田中氏にとって、どこまで日本側の意向が金総書記に通じるか不安だったようだ。
ある政府高官は「北朝鮮がみているのは小泉純一郎ただ一人。山崎氏についても飯島氏についてもいかに首相につながっているかをみており、複数のパイプが同時に動いていた」と証言する。
会談を終えた金正日総書記は「また会いましょう」と握手を交わし、少し表情を和らげた。だが、首相の表情は最後まで硬いままだった。
(産経新聞)
[5月23日3時0分更新]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040523-00000004-san-pol
迫る首相、かわす総書記「最低ライン実現」
格下出迎え、会談90分
五人生存、八人死亡という衝撃的な内容が飛び出した一昨年九月の初の首脳会談に比べ、今回の首脳会談は「最低ライン」(首相周辺)といえる拉致被害者家族五人の帰国が実現したほかは、進展はなかった。なぜ、首相は訪朝に踏み切り、何を目指そうとしたのか。首相の長い一日を追った。
《青のバッジ》
小泉首相 「安否不明とされている十人について真相究明が必要だ」
金総書記 「こっちはちゃんと調査した」
首相 「家族は生きていると信じている」
総書記 「それじゃ白紙にしよう」
改装まもない平壌市郊外の大同江迎賓館の会議場。会談冒頭で首相が取り上げたのは拉致問題だった。首相の胸には拉致問題解決のシンボル「ブルーリボン」をあしらったバッジがつけられていた。首相がこれを着けるのは初めて。前日に拉致被害者の家族会メンバーから細田博之官房長官を通じてもらったものだった。
ただ、会談は一時間半で終了。拉致で突っ込んだやりとりはなかった。金総書記は「家族の気持ちは自分もわかる。今まで調査機関に調査を命じてきたが、早期に徹底的な調査を行う」と約束した。ただ、政府関係者は「前回の会談で拉致を告白した際、不安そうに上目づかいで首相をみながら話したときと比べ、余裕のある発言だな」ともらした。
《“お土産”なし》
「これはまずい…」
二十二日午前、テレビ中継で、平壌の順安空港に小泉首相が乗った政府専用機が降り立った様子を見ていた政府高官は顔をしかめた。出迎えたのは金永日外務次官。平成十四年九月の訪朝時の金永南・最高人民会議常任委員長(序列ナンバー2)に比べ、はるかに格が下の人物だったからだ。
兆候はあった。二十日に衆院通過した有事関連法案に船舶の臨検条項が盛り込まれていることに北朝鮮が態度を硬化させた−との情報は二十一日に官邸にもたらされていた。
<中略>
《4つの約束》
首脳会談で日朝双方が申し合わせたのは(1)人道支援の実施(2)日朝平壌宣言の履行(3)制裁法案は発動しない−という三つの約束。五月四、五の両日、北京で開かれた日朝政府間協議で日本側代表からすでに提案していた内容と「まったく同じ」(外務省筋)だった。これが一時間半の会談につながった。だが、北京での会談で日本側はもう一つの約束をしていた。首相の再訪朝だった。
首相が再訪朝を決断したのは四月二十八日。官邸に呼んだ田中均外務審議官に「私が訪朝してもいい。調整してくれ」と告げた。
首相の決断を促したのは“盟友”の山崎拓前自民党副総裁。山崎氏が四月一、二の両日に訪中し、北朝鮮政府高官に「政府高官」による拉致被害者の出迎えを提案し、北朝鮮はそれまでのかたくなな態度を変えた。
交渉関係者によると、首相は山崎氏や田中氏に加え、側近の飯島勲首相秘書官の持つ北朝鮮ルートを使っていたとされる。
首相の指示を受けて五月初めに北京で田中氏らが会談した相手は鄭泰和・日朝交渉担当大使と宋日昊外務省副局長だった。会談相手を知らされた田中氏は不快感を隠さなかったという。「ミスターX」と呼ばれた交渉ルートと前回の交渉を取り仕切った田中氏にとって、どこまで日本側の意向が金総書記に通じるか不安だったようだ。
ある政府高官は「北朝鮮がみているのは小泉純一郎ただ一人。山崎氏についても飯島氏についてもいかに首相につながっているかをみており、複数のパイプが同時に動いていた」と証言する。
会談を終えた金正日総書記は「また会いましょう」と握手を交わし、少し表情を和らげた。だが、首相の表情は最後まで硬いままだった。
(産経新聞)
[5月23日3時0分更新]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040523-00000004-san-pol
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.