小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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指桑罵槐(しそうばかい)

投稿者: cfx789 投稿日時: 2004/05/17 22:45 投稿番号: [126857 / 232612]
「中国の外交は内政のことである」の意味もよく分かった。
中国人の行動原理…指桑罵槐(しそうばかい)とは、よく云ったもの。
本当の怒りの対象とは全然別のものを攻撃する。

1982年に起きた日本の教科書問題がある。
侵略が進出に置き換えられたということで、馬鹿なマスコミが騒いだ、
ところが、これは誤報であった。
このことについて、当初、中国当局は無関心であった。

ところが、1ヶ月後、事態が一変する。
無関心であった人民日報が突如として反日強硬路線になった。
これを演出したのは、人民解放軍の長老たちである。
かれらの目的は訒小平氏なのである。

彼は党内で軍の最も強力な権力機構の党軍事委員会を廃止し、
国家軍事委員会に移管することによって、軍の力を弱めようとした。
長老たちはこれに猛烈に反発したのである。

日中国交樹立10周年にあたり、経済改革を志向する共産党にとって、
親中国の日本は外交上、極めて重要な存在であった。

そん時期に未だに日本は軍国主義であり、中国に対して、
再侵略を計画していると云えば、誰がいちばん困るか。
訒小平氏である。
日本批判キャンペーンは成功し、
党中央軍事委員会は廃止しないで長老たちは勝った。

この教科書問題は権力闘争の手段だったのである。

しかるに、日本政府はこの「指桑罵塊(しそうばかい)」が読めず、
本気で怒っていると思ったらしい。
そして、あろうことか、宮沢喜一当時官房長官はそれが誤報であるのを、
知っていながら、中国に対して謝った。

しかも、「今後の教科書検定は近隣諸国の感情に配慮する」など、
馬鹿げた談話まで出してしまったのである。
彼らにとつて、日本の対応など二の次であったのに、思わぬ拾いものをした。
日本という国は、中国が強い態度ででれば、
いくらでも謝るという「発見」がその後の日中関係を大きく変えたのである。

日本の謝罪外交は教科書問題から始まったとよく指摘それるが、
その教科書問題とは、本来、中国国内の権力闘争でしかなかったのだ。
あのときの中国には、日本に謝罪させようという気はまったくなかった。

だから、日本政府は「これは内政問題である」突うぱねていればよかつたのである。
今から、考えると、なんとも愚かなことをしたものかと思わざるえない。
まさにその通りなのである。
1996年の台湾海峡事件も耳新しい。
台湾の総選挙に対して、これも、まったく同じと云う。
選挙時の台湾海峡軍事訓練を、なんと江沢民は知らなかったと云う。
尖閣列島事件も然りである。
これを読むとよく分かる。
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