売国レモン!(「金嬉老事件」:1968年
投稿者: habyondana55 投稿日時: 2004/04/28 22:10 投稿番号: [120589 / 232612]
「韓国ナマ中継」
鈴木宙明
2002年
講談社
(灰色文字は管理人注)
(「金嬉老事件」:1968年、日頃から対立していた暴力団員2名を射殺した金嬉老は、静岡県寸又峡の温泉旅館に人質を取って立てこもり、殺人の深層には民族差別があると自己弁護しマスコミに訴えた。金嬉老は日本社会の被害者だと主張する文化人グループが裁判を支援したが、1975年最高裁で無期懲役が確定。1999年韓国渡航を条件に刑務所を仮釈放された。韓国では「民族差別に抗した英雄」ということで凱旋帰国であった。)
先日の金嬉老氏の仮釈放と韓国への出国に関して、どれほど日本の報道やワイドショーが取上げたか知りませんが、韓国でのマスコミ報道はかなりの量でした。わたしが関心を持ったのは、金の姓で馴染んでいた(?)嬉老氏が、今回のスポットライトの中では、權嬉老と「權(クォン)」の姓で登場したことです(權は権の旧字、権禧老と表記しているサイトも多い)。「なぜだ?」です。あの日帝時代の創氏改名にさかのぼってヒントを探すまでもなく、この国の人が二つの姓の間を行き来するということへの戸惑いです。己の本源的アイデンティティにかかわる大問題だと思えるのに、です。
11日放送の韓国MBSのスペシャル番組「權嬉老」で、こまめに取材した関係者へのインタビューを見ていて思わず名前のメモをたくさん取りました。
釜山にいる叔母(父の妹)の姓名が、權ソソン(87歳)
昨年11月に亡くなった母親の名は、朴得淑
本人の名が、金嬉老(71歳)のちに權嬉老
静岡県掛川市に住む妹の名は、權豊子(68歳)
同じく弟の名は、金岡やすお(60歳)と金岡くにお(55歳)
亡き母のお骨が納められたのは、「金岡家の墓」でした。
ここから私なりの仮説を立てました(ご参考までに、朝鮮民族の夫婦は、結婚後も妻は婚前の姓をそのまま姓とし、二人の間の子供は男女ともに父の姓を名乗ります)。
1.弟さんたちは帰化して、金さんから金岡さんになったのであろう。
2.亡母が入った金岡家のお墓は、夫(金のちに金岡)の墓であろう。
3.ヒロと豊子が今名乗っている權は、生みの父の姓であろう。
4.亡母は初め權さんと結婚し男女二児、その後、金さんと再婚し下の男子二児をもうけたのであろう。
5.母の再婚後、ヒロはなんらかの理由で(事件当時も)、新しい父の姓「金」を使っていたのであろう。
6.ヒロは入所中いつからか本来の姓である「權」(実父の姓)に戻したのであろう。
こんな仮説を周りの人に問いかけてみたりしました(中略)正解は、読み過ごしていた朝鮮日報クリッピングの中にありました。「当局はヒロの入国と住民登録証交付にあたり、ヒロの生父である權命述の姓と本籍の使用を認めた。3歳で父を亡くし、5歳の時の母の再婚により義父の姓になったヒロは66年ぶりに生父の姓に戻れたのだ」という解説記事でした。('99.9.14)
(金嬉老は、この他に近藤安弘、清水安弘、金岡安弘など七つの名前を持っていた。)
(灰色文字は管理人注)
(「金嬉老事件」:1968年、日頃から対立していた暴力団員2名を射殺した金嬉老は、静岡県寸又峡の温泉旅館に人質を取って立てこもり、殺人の深層には民族差別があると自己弁護しマスコミに訴えた。金嬉老は日本社会の被害者だと主張する文化人グループが裁判を支援したが、1975年最高裁で無期懲役が確定。1999年韓国渡航を条件に刑務所を仮釈放された。韓国では「民族差別に抗した英雄」ということで凱旋帰国であった。)
先日の金嬉老氏の仮釈放と韓国への出国に関して、どれほど日本の報道やワイドショーが取上げたか知りませんが、韓国でのマスコミ報道はかなりの量でした。わたしが関心を持ったのは、金の姓で馴染んでいた(?)嬉老氏が、今回のスポットライトの中では、權嬉老と「權(クォン)」の姓で登場したことです(權は権の旧字、権禧老と表記しているサイトも多い)。「なぜだ?」です。あの日帝時代の創氏改名にさかのぼってヒントを探すまでもなく、この国の人が二つの姓の間を行き来するということへの戸惑いです。己の本源的アイデンティティにかかわる大問題だと思えるのに、です。
11日放送の韓国MBSのスペシャル番組「權嬉老」で、こまめに取材した関係者へのインタビューを見ていて思わず名前のメモをたくさん取りました。
釜山にいる叔母(父の妹)の姓名が、權ソソン(87歳)
昨年11月に亡くなった母親の名は、朴得淑
本人の名が、金嬉老(71歳)のちに權嬉老
静岡県掛川市に住む妹の名は、權豊子(68歳)
同じく弟の名は、金岡やすお(60歳)と金岡くにお(55歳)
亡き母のお骨が納められたのは、「金岡家の墓」でした。
ここから私なりの仮説を立てました(ご参考までに、朝鮮民族の夫婦は、結婚後も妻は婚前の姓をそのまま姓とし、二人の間の子供は男女ともに父の姓を名乗ります)。
1.弟さんたちは帰化して、金さんから金岡さんになったのであろう。
2.亡母が入った金岡家のお墓は、夫(金のちに金岡)の墓であろう。
3.ヒロと豊子が今名乗っている權は、生みの父の姓であろう。
4.亡母は初め權さんと結婚し男女二児、その後、金さんと再婚し下の男子二児をもうけたのであろう。
5.母の再婚後、ヒロはなんらかの理由で(事件当時も)、新しい父の姓「金」を使っていたのであろう。
6.ヒロは入所中いつからか本来の姓である「權」(実父の姓)に戻したのであろう。
こんな仮説を周りの人に問いかけてみたりしました(中略)正解は、読み過ごしていた朝鮮日報クリッピングの中にありました。「当局はヒロの入国と住民登録証交付にあたり、ヒロの生父である權命述の姓と本籍の使用を認めた。3歳で父を亡くし、5歳の時の母の再婚により義父の姓になったヒロは66年ぶりに生父の姓に戻れたのだ」という解説記事でした。('99.9.14)
(金嬉老は、この他に近藤安弘、清水安弘、金岡安弘など七つの名前を持っていた。)
これは メッセージ 120575 (lemonchan01 さん)への返信です.