金正日が金大中奪還を指示した1
投稿者: habyondana55 投稿日時: 2004/04/28 21:40 投稿番号: [120550 / 232612]
(週刊文春2004年3月18日)
金正日が金大中奪還を指示した
前出の鄭氏や林氏も金大中が大統領に就任してから韓統連に冷淡になった
と口をそろえる。林氏が言う。
「韓統連のメンバーは長く韓国入国が許されなかった。私は二〇〇〇年に
『韓統連のメンバーにパスポートを発給せよ』という訴訟を起こしました
が、本来なら大統領の金大中が許可すれば簡単なことです。なぜ彼がかつて
の仲間を疎んじるのかわかりませんが、彼は韓統連が自分の足枷になると思
ったのではないか」
実際、金大中自身は自著『わたしの自叙伝-日本へ,のメッセージ』(NHK出
版・九五年刊)の中で、「私が韓民統の日本支部創立の準備会議で『大韓民国
は絶対支持。朝鮮総連とはいかなる関係も持つべきではない』と言明したは
ずである」と書くなど、朝鮮総連と韓統連や自分との関係を頑なに否定して
いる。
だが、前出の張氏はこう証言する。
「金大中拉致事件から二日後の八月十日、風邪で寝込んでいた私は三日ぶり
に東京・富士見の中央本部に出勤しましたが、本部には異様な雰囲気が漂っ
ていました。中央本部では毎朝九時から五階の大講堂に全職員を集め、朝礼
を行っているのですが、その朝は朴在魯副議長が壇上で訓辞をしました。朴
在魯は表向き政治担当の副議長となっていましたが、実際は裏で対南工作の
密命を帯びており、いろいろと画策していました。朴は壇上に立つといつに
なく沈痛な表情でこう切り出したのです。『金大中が拉致された。南朝鮮の
朴正煕政権の犯行であることは間違いない。残念なことだが革命闘争の過程
で犠牲者はつきものだ』
この訓示からわかる通り、総連は明らかに金大中を同志と考え、拉致され
た彼を犠牲者と表現したのです」
張氏によれば、朴在魯は日頃から、「自民党の大物政治家を包摂しなけれ
ばならない。そのためにはその政治家の庭掃除や洗濯をしてでも食い込みを
図れ」と、総連内で怒鳴り散らしていたという。彼が同志と考える金大中の
包摂工作を自ら仕掛けていたとしても何ら不思議はない。
さらに、私は北朝鮮と金大中を結びつける重大文書を入手した。
拉致事件当時に日本を訪れていた、朝鮮労働党在外朝鮮人僑胞事業担当の
金珠榮の手記である。九〇年にハングルで書かれた『民族の嚮導星』と題す
る手記は、現在では入手が極めて困難な「第一級の資料」(前出・国情院筋)
である。
「手記の筆者、金珠榮は、平壌から派遣された大物工作員で、その任務は金
大中の韓民統結成の監視役。金正日がいかに金大中の動向を重視していたか
の証拠といえる」(同前)
その手記にはこうある。
〈私は当時、万寿台藝術団の副団長として日本を訪れていました。ちょうど
名古屋公演の日、金大中拉致事件が起こったのです。(中略)そこへ同行して
いた総連の活動家が駆け込んできて『祖国から電話がかかっています』と伝
えに来ました。誰かと思って急いで受話器を取ると、電話の主は、
『金正日です。いま平壌から電話をしています』と名乗ったではありません
か……。(中略)私がそのひと言ひと言に胸をときめかせていると、親愛なる
指導者同志のお声がさらに受話器から力強く響いてきました。
『東京で金大中拉致事件が起こったとの報告を受けましたが、だからといっ
て絶対に萎縮するとか臆病になってはいけません。私たちはずっと以前から
敵の妨害策動があるということを予測していたではありませんか!(中略)今
後、主導権を彼らから奪い返し、全面から反撃を打ち出さなくてはなりませ
ん』>
金正日が金大中奪還を指示した
前出の鄭氏や林氏も金大中が大統領に就任してから韓統連に冷淡になった
と口をそろえる。林氏が言う。
「韓統連のメンバーは長く韓国入国が許されなかった。私は二〇〇〇年に
『韓統連のメンバーにパスポートを発給せよ』という訴訟を起こしました
が、本来なら大統領の金大中が許可すれば簡単なことです。なぜ彼がかつて
の仲間を疎んじるのかわかりませんが、彼は韓統連が自分の足枷になると思
ったのではないか」
実際、金大中自身は自著『わたしの自叙伝-日本へ,のメッセージ』(NHK出
版・九五年刊)の中で、「私が韓民統の日本支部創立の準備会議で『大韓民国
は絶対支持。朝鮮総連とはいかなる関係も持つべきではない』と言明したは
ずである」と書くなど、朝鮮総連と韓統連や自分との関係を頑なに否定して
いる。
だが、前出の張氏はこう証言する。
「金大中拉致事件から二日後の八月十日、風邪で寝込んでいた私は三日ぶり
に東京・富士見の中央本部に出勤しましたが、本部には異様な雰囲気が漂っ
ていました。中央本部では毎朝九時から五階の大講堂に全職員を集め、朝礼
を行っているのですが、その朝は朴在魯副議長が壇上で訓辞をしました。朴
在魯は表向き政治担当の副議長となっていましたが、実際は裏で対南工作の
密命を帯びており、いろいろと画策していました。朴は壇上に立つといつに
なく沈痛な表情でこう切り出したのです。『金大中が拉致された。南朝鮮の
朴正煕政権の犯行であることは間違いない。残念なことだが革命闘争の過程
で犠牲者はつきものだ』
この訓示からわかる通り、総連は明らかに金大中を同志と考え、拉致され
た彼を犠牲者と表現したのです」
張氏によれば、朴在魯は日頃から、「自民党の大物政治家を包摂しなけれ
ばならない。そのためにはその政治家の庭掃除や洗濯をしてでも食い込みを
図れ」と、総連内で怒鳴り散らしていたという。彼が同志と考える金大中の
包摂工作を自ら仕掛けていたとしても何ら不思議はない。
さらに、私は北朝鮮と金大中を結びつける重大文書を入手した。
拉致事件当時に日本を訪れていた、朝鮮労働党在外朝鮮人僑胞事業担当の
金珠榮の手記である。九〇年にハングルで書かれた『民族の嚮導星』と題す
る手記は、現在では入手が極めて困難な「第一級の資料」(前出・国情院筋)
である。
「手記の筆者、金珠榮は、平壌から派遣された大物工作員で、その任務は金
大中の韓民統結成の監視役。金正日がいかに金大中の動向を重視していたか
の証拠といえる」(同前)
その手記にはこうある。
〈私は当時、万寿台藝術団の副団長として日本を訪れていました。ちょうど
名古屋公演の日、金大中拉致事件が起こったのです。(中略)そこへ同行して
いた総連の活動家が駆け込んできて『祖国から電話がかかっています』と伝
えに来ました。誰かと思って急いで受話器を取ると、電話の主は、
『金正日です。いま平壌から電話をしています』と名乗ったではありません
か……。(中略)私がそのひと言ひと言に胸をときめかせていると、親愛なる
指導者同志のお声がさらに受話器から力強く響いてきました。
『東京で金大中拉致事件が起こったとの報告を受けましたが、だからといっ
て絶対に萎縮するとか臆病になってはいけません。私たちはずっと以前から
敵の妨害策動があるということを予測していたではありませんか!(中略)今
後、主導権を彼らから奪い返し、全面から反撃を打ち出さなくてはなりませ
ん』>
これは メッセージ 120540 (lemonchan01 さん)への返信です.