小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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「朝連」と日本共産党1

投稿者: sa_bo_ten_02 投稿日時: 2004/04/27 19:20 投稿番号: [120208 / 232612]
暴動は彼ら自身が認めています
「韓国・朝鮮人と日本人」   若槻泰雄   89年   原書房
「朝連」と日本共産党


一般犯罪のほかに、在日朝鮮人に対する日本人の嫌悪感、警戒感を強めさせたものに、北鮮系の活発な政治運動がある。在日朝鮮人は終戦の秋10月、「在日朝鮮人連盟」という自治団体を結成した。この団体は、当時在日朝鮮人社会の最大の問題であった本国への引揚げを主とし、日本人、朝鮮人間の摩擦防止、同胞の福利厚生などを目的としたもので、当初は社会事業団体的性格をおびたものであったという。しかし、徳田球一、金天海らの日本共産党幹部らの政治犯がいっせいに出獄してこれを指導するにおよび、「朝連」は急速に民族主義運動、さらには革命的、暴力的傾向に傾斜していった。もともと、朝鮮独立運動と日本共産党との関係は戦前から深いものがあった。労働者の解放、植民地の解放、そしてその連帯をモットーとする国際共産主義運動は、第二次大戦後各国植民地の独立運動に多くの実例を見るように、植民地解放運動に甚大な影響力をもっていた。日本共産党の綱領にも「(日本のすべての)植民地の完全独立」がうたわれていた。日本の革命と朝鮮の独立は一体のものと理論づけられていたのである。


「朝連」の左傾に反対するものは、これを離脱して、この年11月、「朝鮮建設促進青年同盟」を結成した。翌46年11月には「在日朝鮮居留民団」と改称し、今日の、在日本大韓民国居留民団へと発展した。しかし当初は「民団」の勢力は徴々たるもので、「朝連」は在日朝鮮人の7〜80%を占め、強力な活動を展開した。だが暴力的不法事件を続発させたため、「暴力主義団体」として、1949年9月には「団体等規制令」によって解散させられ、金天海はじめ主要幹部は公職追放処分となって表面から姿を消した。組織の基盤を失なった左翼系在日朝鮮人は1950年6月、折から勃発した朝鮮戦争を契機に、「祖国防衛中央委員会」と、その戦闘的実動部隊として「祖国防衛隊」を各地に設け、翌1951年1月には「在日朝鮮統一民主戦線」(略称「民戦」)を結成した。「民戦」は日本共産党の完全な指導下に、「反米」「反吉田内閣」「反再軍備」の三反戦術を唱導し、その綱領自体にも「日本の主権打倒」をかかげたのである。1951〜52年の日本共産党の極左武力闘争では、「民戦」=在日朝鮮人は常にその突撃隊の役割を果たしたといわれる。『法務研究』にのった森田芳夫氏の論稿によると、1952年だけで北鮮系の日本警察に対する不法行為は134件にのぼり、当時「日本の国民の在日朝鮮人に対する警戒心は異常に高まった」のである。
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