歴史の真実。嘘の北朝鮮
投稿者: habyondana55 投稿日時: 2004/04/26 22:49 投稿番号: [120088 / 232612]
北の実態が明らかになるとダンマリを決め込む無責任左翼に対し、彼らと北朝鮮を批判する人々
「ソウルと平壌」
萩原遼
1989年
(「韓国のイメージ」鄭大均
より)
日がたつにつれて、この国はとほうもないいつわりの国ではないかと感じ始めた。いつわりを国家の政策として、国をあげてそれを遂行している恐ろしい国という認識がしだいに私の気持を支配し始めた。/そうでないものをそうだと言い張って人びとを信じこませる。私も信じて、だまされた一人だったが。使いたくない言葉だが、詐欺とよぶしか他に言葉がみつからない。その詐欺の第一は、「地上の楽園」。「この世にうらやむものはなにもない」という歌を北の人民はよく歌っている。あるいは歌わされている。明るく豊かな生活を享受する幸せな人民、それをもたらしてくれた偉大な金日成同志の肉親も及ばぬ配慮と、宣伝機関は終日くり返している。
だが、すでにのべたように、私の狭い見聞からだけでも、宣伝とはほど遠い人民の生活である。アジアの多くの国々にみられる貧しい人民の国である。貧しさは罪でも恥でもない。だが、この国が他のアジアの貧しい国々と根本的に異なるのは、この貧しさをあらゆる力で隠蔽し、美しく飾りたてることである。
その努力が集中的に加えられるのが外国人の統制である。とりわけ西側の人間を怖れる。案内員と称するマンツーマンの監視人をつける。二人つける場合もある。一人では絶対にホテルの外に出させない。どこにいくにもついてくる。住民とじかに接しさせないためだ。平壌市内の中心町は表からみれば整然とした町だが、アバートの中庭に入ると洗灌物も干してある。黒ずんだ、ボロに近い下着が目に人る。衣類も乏しく、石齢が不足していることをいやでも感じる。それは貧しいなかでもけなげに生きていく人民の姿として私にはむしろ感動をもたらすのだが、北当局はそれを嫌う。写真でもとろうものなら案内人がどれほど激怒するか。そもそもアバートの中庭には入ってはならないのだ。結局そうした貧しい実態が外にもれて、南朝鮮の連中の反共、反共和国宣伝に使われるというのである。
その逆に、彼らの意にかなった「いい記事」を書いてくれる日本の商業紙記者などは下へもおかぬもてなしをする。
これは メッセージ 120086 (chosen_killer2004 さん)への返信です.
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