小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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合法的誘拐事業を煽った左翼っ陣営

投稿者: fabyondaronan 投稿日時: 2004/04/25 01:22 投稿番号: [119636 / 232612]
  北へ帰国した親族は人質同然となった
「朝鮮総連と収容所共和国」   李英和   1999年   小学館文庫
「帰国事業」は、労働党と朝鮮総連が展開した、60年代初頭にはじまる北朝鮮への大々的な帰還運動である。以来、68〜70年の中断期間を挟んで、59年(12月)から84年までに約9万3000人が北朝鮮に永住帰国した。これには、在日朝鮮人に同行した約6600人の日本人の配偶者や子供が含まれる(内、日本人妻は約1800人)。この帰国事業は、いま考えれば奇妙なものであった。上述のように在日韓国・朝鮮人の98パーセントは南出身である。したがって北朝鮮に地縁や血縁はない。終戦直後の46年の帰還希望調査でも、約98パーセントは現在の韓国を帰還地に選んだ(厚生省調ベ)。しかも60年代初めといえば、朝鮮戦争の荒廃から、北朝鮮がようやく復興しはじめた矢先である。たしかに当時、民族差別による日本での生活難には厳しいものがあった。だが、常識的に考えれば、北朝鮮での暮らし両きが良かろうはずのないことは容易に想像がつく。それでも、60〜61年の2年間に全体の約7割が永住帰国した。

在日朝鮮人が北朝鮮に渡ったのは、たぶんに政治的動機による。日本社会での差別と蔑視への反発を下地にした社会主義への憧れである。一方、在日朝鮮人を引き寄せたのも、労働党と朝鮮総連の政治的動機だった。労働力と技術者不足の解消という側面もあったが、たぶんに政治宣伝の色彩が強かった。実際、金日成は帰国事業を指して「資本主義に対する社会主義体制の優越性の勝利」と宣言した。ここに悲劇がはじまる。帰国者約十万人といえば、朝鮮籍と韓国籍を合わせた在日韓国・朝鮮人の全人口の6〜7人に1人に相当する。単純計算すれば、身内の誰かが北朝鮮に帰国したことになる。政治宣伝の熱病がおさまると、労働党は帰国者を厄介者扱いしはじめる。資本主義思想の流入を恐れ、「社会主義建設の否定的要素」と規定した。厳しい監視と差別に反発する帰国者は殺されるか、強制取容所に送られた。生き残った者はすさまじい貧困にさらされた。

こうして在日韓国・朝鮮人は、帰国した親族を見殺しにするか、仕送りをするかの選択を追られた。多くは後者を採り、30年以上もせっせと仕送りを続けている。帰国者は完全に「人質」となったのである。70年代半ばに西側銀行団への借全返済が滞りはじめると、労働党は在日朝鮮人の親族訪問を解禁する(79年)。83年に完全に利払いもできなくなるや、在日朝鮮人との合弁事業を発表する(84年「合営法」制定)。いずれも帰国者を「人質」に、在日朝鮮人と有力商工人から、より大々的に金品を巻き上げる算段だった。合弁会社への在日朝鮮人の投資は総額130億円(92年現在)にのぼるが、そのほんどは失敗に終わっている
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