日本人の公民としての徳を信じる
投稿者: Etchanlove 投稿日時: 2004/03/30 22:04 投稿番号: [113364 / 232612]
境港の受けるかもしれない損失は、当事者にとっては大問題かもしれないが、では彼等の利害得失を重視して日本自体の=日本人全体の=利害得失、というか、主権を蹂躙されたままにしてよいのか、という問題に収斂される。そして心ある境港の人達(おそらく大部分)は理解するであろう。まずその気持ちの一致が重要である。然る後、国がそれなりの補償をすれば済む話。
貝割れ大根の一件にしても狂牛病の件にしても、当事者(この場合は生産者およびその関係者)は全体の国益の前に、公民としての理性、常識を働かせ、小異を胸に秘め不満を押し殺して、全体の利益の為に我慢している。また国もそれに応えて応分の補償をしている。これが成熟した民主主義の国家国民の関係。我々は幸いにもそのような日本という国に生まれ、暮らしている。幸せな事である。またそのような、惻隠の情、思いやりがあり、慎み深く、恥を知る文化を共有する日本民族であることに誇りを持っている。
相手に対する思いやりも心配りもなく、己の利害だけを声高にギャ−ギャ−騒ぎ立てるシナ人や朝鮮人とは、絶対に違う。
これは メッセージ 113360 (sofiansky2003 さん)への返信です.
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